・・・わたしは馬は大嫌いなのです。どうか後生一生のお願いですから、人間の脚をつけて下さい。ヘンリイ何とかの脚でもかまいません。少々くらい毛脛でも人間の脚ならば我慢しますから。」 年とった支那人は気の毒そうに半三郎を見下しながら、何度も点頭を繰・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・数学は大嫌いだし、――」「嫌いだってやらなけりゃ、――」 慎太郎がこう云いかけると、いつか襖際へ来た看護婦と、小声に話していた叔母が、「慎ちゃん。お母さんが呼んでいるとさ。」と火鉢越しに彼へ声をかけた。 彼は吸いさしの煙草を・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・私は元よりの洋行帰りの一人として、すべて旧弊じみたものが大嫌いだった頃ですから、『いや一向同情は出来ない。廃刀令が出たからと云って、一揆を起すような連中は、自滅する方が当然だと思っている。』と、至極冷淡な返事をしますと、彼は不服そうに首を振・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・「あたしは毛虫は大嫌い。」「僕は手でもつまめますがね。」「Sさんもそんなことを言っていらっしゃいました。」 M子さんは真面目に僕の顔を見ました。「S君もね。」 僕の返事はM子さんには気乗りのしないように聞えたのでしょ・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・第二の農夫 しかし王女はあの王様が大嫌いだと云う噂だぜ。第一の農夫 嫌いなればお止しなされば好いのに。主人 ところがその黒ん坊の王様は、三つの宝ものを持っている。第一が千里飛べる長靴、第二が鉄さえ切れる剣、第三が姿の隠れるマント・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・殊に短冊へ書くのが大嫌いで、日夕親炙したものの求めにさえ短冊の揮毫は固く拒絶した。何でも短冊は僅か五、六枚ぐらいしか書かなかったろうという評判で、短冊蒐集家の中には鴎外の短冊を懸賞したものもあるが獲られなかった。 日露戦役後、度々部下の・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・元来私は談話中に駄洒落を混ぜるのが大嫌いである。私は夏目さんに何十回談話を交換したか知らんが、ただの一度も駄洒落を聞いたことがない。それで夏目さんと話す位い気持の好いことはなかった。夏目さんは大抵一時間の談話中には二回か三回、実に好い上品な・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・この絢尭斎というは文雅風流を以て聞えた著名の殿様であったが、頗る頑固な旧弊人で、洋医の薬が大嫌いで毎日持薬に漢方薬を用いていた。この煎薬を調進するのが緑雨のお父さんの役目で、そのための薬味箪笥が自宅に備えてあった。その薬味箪笥を置いた六畳敷・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・「僕はあのジャッズというやつが大嫌いなんだ。厭だと思い出すととても堪らない」 黙ってウエイトレスは蓄音器をとめた。彼女は断髪をして薄い夏の洋装をしていた。しかしそれには少しもフレッシュなところがなかった。むしろ南京鼠の匂いでもしそうな汚・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・「そんな病弱な、サナトリウム臭い風景なんて、俺は大嫌いなんだ」「雲とともに変わって行く海の色を褒めた人もある。海の上を行き来する雲を一日眺めているのもいいじゃないか。また僕は君が一度こんなことを言ったのを覚えているが、そういう空・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
出典:青空文庫