八年まえの事でありました。当時、私は極めて懶惰な帝国大学生でありました。一夏を、東海道三島の宿で過したことがあります。五十円を故郷の姉から、これが最後だと言って、やっと送って戴き、私は学生鞄に着更の浴衣やらシャツやらを詰め・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・私は頗る不勉強な大学生ではあったが、けれどもこの瀬川先生の飾らぬ御人格にはひそかに深く敬服していたところがあったので、この先生の講義にだけは努めて出席するようにしていたし、研究室にも二、三度顔を出して突飛な愚問を呈出して、先生をめんくらわせ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・という言葉が閉口で、すぐに眼鏡をかけた女子大学生の姿や、されこうべなどが眼に浮び、やり切れないのです。私があなたのお手紙を読んで、あなたのお考えになっている事が、あなたの言葉と少しの間隙も無くぴったりくっついて立っているのを見事に感じ、これ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ まえの小径を大学生たちが一列に並んで通る。ひきもきらず、ぞろぞろと流れるように通るのである。いずれは、ふるさとの自慢の子。えらばれた秀才たち。ノオトのおなじ文章を読み、それをみんなみんなの大学生が、一律に暗記しようと努めていた。われは・・・ 太宰治 「逆行」
・・・でも窓下の学生のセレネードは別として、露台のビア・ガルテンでおおぜいの大学生の合唱があって、おなじみのエルゴ・ヴィヴァームスの歌とザラマンダ・ライベンの騒音がラインの谷を越えて向こうの丘にこだまする。 ロシアでもドイツでも、男どうしがお・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・そうした、今から見れば古典的な姿が当時の大学生には世にもモダーンなシックなものに見えたのであろう、小杉天外の『魔風恋風』が若い人々の世界を風靡していた時代のことである。 大正の初年頃外房州の海岸へ家族づれで海水浴に出かけたら七月中雨ばか・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・たとえばある一人の虚無的な思想をもった大学生に高利貸しの老婆を殺させる。そうして、これにかれんな町の女や、探偵やいろいろの選まれた因子を作用させる。そうして主人公の大学生が、これに対していかに反応するかを観察する。これは一つの実験である。た・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・安全地帯に立って見ていた二、三人連れの大学生の一人が運転手の方を覗き込んで、大声で、「ソートーなもんじゃー」と云った。傍観者の立場からの批判を表明したのである。運転手は苦笑しながら、なおも、ゆるやかに警笛を鳴らした。乗客の自分も失笑したが、・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・そこに若い婦人が人待つふぜいで立っていると、やがて大学生らしいのが来ていっしょになった。このランデヴーのほほえましい一場面も、この金網のたった一つの目の中で進行した。 これといくらか似たことは自分自身や身近いものの些細な不幸が日本全体の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・――このうすよごれた町からほとんど出たことのない三吉は、東京を知らないけれど、それまでの東京からはまだ大学生の田門武雄や、卒業して間がない三輪寿蔵や、赤松克馬や新人会本部の連中がやってきた。彼らはサンジカリズムないしアナルコサンジカリズムの・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫