・・・――宗賀は大胆な男で、これより先、一同のさがさないような場所場所を、独りでしらべて歩いていた。それがふと焚火の間の近くの厠の中を見ると、鬢の毛をかき乱した男が一人、影のように蹲っている。うす暗いので、はっきりわからないが、どうやら鼻紙嚢から・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・クララの父親は期待をもった微笑を頬に浮べて、品よくひかえ目にしているこの青年を、もっと大胆に振舞えと、励ますように見えた。パオロは思い入ったようにクララに近づいて来た。そして仏蘭西から輸入されたと思われる精巧な頸飾りを、美しい金象眼のしてあ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・我々は今最も厳密に、大胆に、自由に「今日」を研究して、そこに我々自身にとっての「明日」の必要を発見しなければならぬ。必要は最も確実なる理想である。 さらに、すでに我々が我々の理想を発見した時において、それをいかにしていかなるところに求む・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・わざと安心して大胆な不埒を働く。うむ、耳を蔽うて鐸を盗むというのじゃ。いずれ音の立ち、声の響くのは覚悟じゃろう。何もかも隠さずに言ってしまえ。いつの事か。一体、いつ頃の事か。これ。侍女 いつ頃とおっしゃって、あの、影法師の事でございまし・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・と僕が受けて、「大胆に出て行くものにゃア却って弾が当らないものだそうだ。」「うちの人の様にくよくよしとると、ほんまにあきまへん。」「そやかさいおれは不大胆の厭世家やて云うとる。弾丸が当ってくれたのはわしとして名誉でもあったろが、くた・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・道を混さず真理を顕わし明かに聖書の示す所を説かんことを、即ち余の説く所の明に来世的ならんことを、主の懼るべきを知り、活ける神の手に陥るの懼るべきを知り、迷信を以て嘲けらるるに拘わらず、今日と云う今日、大胆に、明白に、主の和らぎの福音を説かん・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・あたたの御尊信なさる神様と同じように、わたくしを大胆に、偉大に死なせて下さいまし。わたくしは自分の致した事を、一人で神様の前へ持って参ろうと存じます。名誉ある人妻として持って参ろうと存じます。わたくしは十字架に釘付けにせられたように、自分の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ひとつ都にいって、大胆にそうなさってはいかがですか。」と、かもめはいいました。「そうですか、ひとつ考えてみましょう。」と、からすは答えました。 やがて、かもめとからすとは、別れてしまいました。かもめは海の方にゆき、からすは里の方にゆ・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・ 無論、新聞に広告を出すほどのことを、なにもおれの案だなどと断るまでもないことだし、また、べつだんおれの智慧を借りなくても誰にも思いつけることだが、しかし、あんなに大胆に、殆んど向う見ずかと思えるくらいには、やはりおれでなくてはやれなか・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・すると猫は大胆にも枕の上へあがって来てまた別の隙間へ遮二無二首を突っ込もうとした。吉田はそろそろあげて来てあった片手でその鼻先を押しかえした。このようにして懲罰ということ以外に何もしらない動物を、極度に感情を押し殺したわずかの身体の運動で立・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
出典:青空文庫