・・・(彼はそれから何か月もたたずに天城山しかし僕は社会主義論よりも彼の獄中生活などに興味を持たずにはいられなかった。「夏目さんの『行人』の中に和歌の浦へ行った男と女とがとうとう飯を食う気にならずに膳を下げさせるところがあるでしょう。あすこを・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・関東震災後の復旧測量では毛無山頂上で二十八日間がんばって天城山の頭を出すのを今か今かと待っていた人がある。古いレコードでは七十日というのさえある。 測量を始める前にはまず第一に三角点の位置を選定する選点作業が必要である。深山の峰から峰と・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・その、炭焼きか山番かであろう男が一人いる処は、向う山か、遙かな天城山の奥か。 或る角で振返ったら、いつか背後に眺望が展け、連山の彼方に富士が見えた。頂の雪は白皚々、それ故晴れた空は一きわ碧く濃やかに眺められ、爽やかに冷たい正月の風は悉く・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
出典:青空文庫