・・・それと同じようにいかなる科学者でもまだ天秤や試験管を「見る」ように原子や電子を見た人はないのである。それで、もし昔の化け物が実在でないとすれば今の電子や原子も実在ではなくて結局一種の化け物であると言われる。原子電子の存在を仮定す・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・ これらの報道は多くの人々の好奇心を満足させ、いわゆるゴシップと名づけらるる階級の空談の話柄を供給する事は明らかであるが、そういう便宜や享楽と、この種の記事が一般読者の心に与える悪い影響とを天秤にかけてみた時に、どちらが重いか軽いかとい・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・例えば天秤で重量を測るにしても、箱の片側に日光が当って箱の中の空気の対流を生じたり、腕の比が変ったり、蓋の隙間から風がはいったり、刃のところに塵がたまっていたり、皿に水滴が付いていたりするのに、このような事には一切構わず、ただ機械的に「物理・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・ともかくもここには人間の好意が不思議な天秤にかけられて、まず金に換算され、次に切手に両替えされる、現代の文化が発明した最も巧妙な機関がすえられてある。この切手を試みに人に送ると、反響のように速やかに、反響のように弱められて返って来る。田舎か・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・そうして、学説と生命とを天秤にかけた三人が三様の解決を論じた。その時に頭を往来した重苦しい雲のようなものの中に何かしらこういう夢を見させるものがあったかもしれない。 ブルノは学問と宗教と生命とを切り離す事ができなかった。デカルトではこれ・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・前と後ろに桶に二十五ずついれて、桶半分くらい水を張っておかないと、こんにゃくはちぢかんでしまうから、天秤をつっかって肩でにないあげると、ギシギシと天秤がしまるほどだった。 ――こんにゃはァ、こんにゃはァ、 大きな声でふれながら、いつ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ スウスウと缺けた歯の間から鼻唄を洩らしながら、土間から天秤棒をとると、肥料小屋へあるいて行った。「ウム、忰もつかみ肥料つくり上手になったぞい」 善ニョムさんは感心して、肥料小屋に整然と長方形に盛りあげられた肥料を見た。馬糞と、・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・昼間は壻の文造に番をさせて自分は天秤を担いで出た。後には馬を曳いて出た。文造はもう四十になった。太十は決して悪人ではないけれどいつも文造を頭ごなしにして居る。昼間のような月が照ってやがて旧暦の盆が来た。太十はいつも番小屋に寝た。赤も屹度番小・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・は、朝から晩まで鉛を溶かしたり、小さい天秤で何かをはかったり、指の先を火傷をしてうんうんとうなったり、すり切れた手帳をとり出して、それへ何かしきりに書き込んだりしている。 ゴーリキイは興味を押えられず、或るときお祖母さんに聞いた。「・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・は、朝から晩まで鉛を溶かしたり、小さい天秤で何かをはかったり、指の先へ火傷をしてうんうんとうなったり、すり切れた手帳を出して、何かしきりに書き込んだりする。 ゴーリキイは、興味を押えられず、お祖母さんに聞いた。「あの人は何してるの?・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫