・・・こちの人は、京町の交番に新任のお巡査さん――もっとも、角海老とかのお職が命まで打込んで、上り藤の金紋のついた手車で、楽屋入をさせたという、新派の立女形、二枚目を兼ねた藤沢浅次郎に、よく肖ていたのだそうである。 あいびきには無理が出来る。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ほんとうに女形が鬘をつけて出たような顔色をしていながら、お米と謂うのは大変なものじゃあございませんか、悪党でもずっと四天とその植木屋の女房が饒舌りました饒舌りました。 旦那様もし貴方、何とお聞き遊ばして下さいますえ。」 判事は右手の・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・なぜかとよくよく聴いて見ると、もしその一座にはいれるとしたら、数年前に東京で買われたなじみが、その時とは違って、そこの立派な立て女形になっているということが分った。よくよく興ざめて来る芸者ではある。 それに、最も肝心な先輩の返事が全く面・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・言われぬ取廻しに俊雄は成仏延引し父が奥殿深く秘めおいたる虎の子をぽつりぽつり背負って出て皆この真葛原下這いありくのら猫の児へ割歩を打ち大方出来たらしい噂の土地に立ったを小春お夏が早々と聞き込み不断は若女形で行く不破名古屋も這般のことたる国家・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「女形、四十にして娘を知る。」けさの新聞に、新派の女形のそんな述懐が出ていたっけ、四十、か。もすこしのがまんだ。――などと、だんだん小説の筋書から、離れていって、おしまいには、自身の借金の勘定なんか、はじまって、とても俗になった。眠るどころ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・源蔵の妻よりもどこか品格がよくて、そうして実にまた、いかなる役者の女形がほんとうの女よりも女らしいよりもさらにいっそうより多く女らしく見える。女の人形の運動は男のよりもより多く細かな曲線を描くのはもとより当然であるが、それが人形であるために・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
伝統的な女形と云うものの型に嵌って終始している間、彼等は何と云う手に入った風で楽々と演こなしていることだろう。きっちりと三絃にのり、きまりどころで引締め、のびのびと約束の順を追うて、宛然自ら愉んでいるとさえ見える。 旧・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ これまで日本の女性にあてはめられていた女らしさは、男の扮する女形で表現されました。ここに今日の少女たちが身にそなえはじめている自然な女らしさと全く異った不自然さがあったことが証拠だてられております。女形の身ごなしで表現され得た女らしさ・・・ 宮本百合子 「自然に学べ」
・・・ 趣味というようなものは人の心にあっても物の関係でも、何でもないようなところに含まれ発露するところが面白いので、女の味わいというようなものも計らぬところで横溢してこそ意味がある。女形ではできない生きた女が現れる。何でもないようなもののと・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
出典:青空文庫