・・・ 今でもおはぐろのにおいを如実に思い出すことができる。いやなにおいであったがしかしまた実になつかしい追憶を伴なったにおいである。 台所の土間の板縁の下に大きな素焼きの土瓶のようなものが置いてあった。ふたをあけて見ると腐ったような水の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ なかんずく速須佐之男命に関する記事の中には火山現象を如実に連想させるものがはなはだ多い。たとえば「その泣きたもうさまは、青山を枯山なす泣き枯らし、河海はことごとに泣き乾しき」というのは、何より適切に噴火のために草木が枯死し河海が降灰の・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・行司の古典的荘重さをもった声のひびきがちゃんと鉄傘下の大空間を如実に暗示するような音色をもってきこえるのがおもしろい。観客のどよみも同じく空間を描き出す効果があるのみならず、その音の強弱緩急の波のうち方で土俵の上の活劇の進行の模様が相撲に不・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・仕事はある意味では器械的であるが一つ一つの記録を読んで行くうちに昔の江戸の生活が、小説や歴史の書物で見るよりも遥かに如実に窺われて実に面白かった。昔の地図と今の電車線路入りの地図と較べているうちに色々のことを発見して独りで面白がることも出来・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・と言ったというが、芭蕉の数奇をきわめた体験と誠をせめる忠実な求道心と物にすがらずして取り入れる余裕ある自由の心とはまさしくこの三つのものを具備した点で心敬の理想を如実に実現したものである。世情を究め物情に徹せずしていたずらに十七字をもてあそ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ それゆえに化け物の歴史は人間文化の一面の歴史であり、時と場所との環境の変化がこれに如実に反映している。鎌倉時代の化け物と江戸時代の化け物を比較し、江戸の化け物とロンドンの化け物を比較してみればこの事はよくわかる。 前年・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・「各人物の性格なぞも現代的特徴のうちに生かされてはいるし、それが矛盾に於て把握されているが、そうした矛盾した複雑性も、作者の余りにも構えた分析解明の跡が見えすぎ、如実に操られている各性格が息のかよわぬ人形であることがいよいよ哀しく読者に印象・・・ 宮本百合子 「現実と文学」
・・・生活の現実で日夜婦人大衆が独特なやりかたで解放運動の全面に参加しているとき、階級の武器としての文学であるわれわれのプロレタリア文学にその姿が如実に反映しないということはあり得ない。一人の新しい婦人プロレタリア作家が出るということは、それだけ・・・ 宮本百合子 「国際無産婦人デーに際して」
・・・に対して与えられた批評の性質こそ、多くの作家が陥っていた人生的態度並びに文学作品評価についての拠りどころなさ、無気力、焦慮を如実に反映したものであった。 正宗白鳥が、「ひかげの花」を荷風の芸術境地としてそれなりに認め、「人生の落伍者の生・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・そのころ平田さんは、日本にはまだ農民の生活を如実に書いた文学がすくないということに注意を向け、日本のような経済的社会的事情を持つ国にとって、実は農民の生活を文学に書くということが非常に大切ではないか。一つ自分は、これまでプロレタリア作家が好・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
出典:青空文庫