・・・どうしてもお前達を子守に任せておけないで、毎晩お前たち三人を自分の枕許や、左右に臥らして、夜通し一人を寝かしつけたり、一人に牛乳を温めてあてがったり、一人に小用をさせたりして、碌々熟睡する暇もなく愛の限りを尽したお前たちの母上が、四十一度と・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 留守はただ磯吹く風に藻屑の匂いの、襷かけたる腕に染むが、浜百合の薫より、空燻より、女房には一際床しく、小児を抱いたり、頬摺したり、子守唄うとうたり、つづれさしたり、はりものしたり、松葉で乾物をあぶりもして、寂しく今日を送る習い。 ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・度、谷間のようなところにあるので、その両方の山の上に、猟夫を頼んで見張をしたが、何も見えないが、奇妙に夜に入るとただ猟夫がつれている、犬ばかりには見えるものか、非常に吠えて廻ったとの事、この家に一人、子守娘が居て、その娘は、何だか変な動物が・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・そのとき、途の上で、ちょうど自分と同じ年ごろの少女が、赤ん坊を負って、子守唄をうたっていました。この子守唄を聞くと、歩いてきた少女は、すっかり感心してしまいました。「なんという、情けの深い唄だろう。天国にも、これより貴い唄を聞いたことは・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・ 子守唄は子供を寝かしつけるための歌であり、又舟乗りの唄は、舟をこぐ苦労を忘れるための歌であり、糸とりの唄はたゞその唄う歌の節に少女自からを涙ぐましむることによって自らを感傷的な気持にすれば足りるというであろう。そういうような単純な目的・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・ 旅に立つ前夜のこと、うれしいやら、悲しいやらで、胸がいっぱいになって、戸の外にすさぶあらしの音をきいていると、ちょうどおきぬの前をうたって通る、子守唄が、ちぎれちぎれに耳へ入ったのでした。なんという、いじらしいことかと、彼女は少女心に・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・昼間、私が新次を表へ連れだして遊んでいると、近所の人々には、私がむりやり子守をさせられているとしか見えなかった。それほどしょんぼりした顔をしていたのです。浜子は新次が泣けば、かならずそれを私のせいにしました。それで、新次が中耳炎になって一日・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 峻がここへ来る時によく見る、亭の中で昼寝をしたり海を眺めたりする人がまた来ていて、今日は子守娘と親しそうに話をしている。 蝉取竿を持った子供があちこちする。虫籠を持たされた児は、時どき立ち留まっては籠の中を見、また竿の方を見ては小・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・顔を伏せている子守娘が今度こちらを向くときにはお化けのような顔になっているのじゃないかなど思うときがあった。――しかし待っていた為替はとうとう来た。自分は雪の積った道を久し振りで省線電車の方へ向った。 二 お茶の水か・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・高い土手の上に子守の小娘が二人と職人体の男が一人、無言で見物しているばかり、あたりには人影がない。前夜の雨がカラリとあがって、若草若葉の野は光り輝いている。 六人の一人は巡査、一人は医者、三人は人夫、そして中折れ帽をかぶって二子の羽織を・・・ 国木田独歩 「窮死」
出典:青空文庫