・・・人は生活を赤裸々にして羽毛蒲団の暖さと敷布の真白きが中に疲れたる肉を活気付けまた安息させねばならぬ。恋愛と睡眠の時間。われわれが生存の最も楽しい時間を知るのは寝床である。寝床は神聖だ。地上の最も楽しく最も好いものとして敬い尊び愛さねばな・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ 話の一段落がつくと、安息所へ逃げ込む様に栄蔵はお君の傍に行った。 若い二人は何か、笑いながら話して居た。 苦労も何もない様にして居る二人を傍に長くなって見て居るうちに、これほど大きなものの父であると云う喜びが、腹の底から湧いた・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・あかず眺め、眺め心は故郷に戻ったような安息を覚えるのだ。ああ、わが愛らしい原稿紙いつも、お前の 懐しい乳白色の面の上に穏やかに遮られた北の日光を漂わせよ夜は、麗わしい台ランプの穏密な緑色のかげを落してわれ・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ あれほど魂の安息所のようにも、麗わしい楽園のようにも思われた魅力は跡かたもなく消えて、今、死は明かに拒絶され、追放される。「死ぬのはこわい」という恐怖が目覚めて、大いそぎで涙を拭く彼女は、激情の緩和された後の疲れた平穏さと、まだ何・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・それが、不安になり、不自然を覚え始めた自分の心にも、云い難い安息、流れると自覚し得ない程、身についたヒーリング・ウォーターとなって滲み通って行くのだ。 私は、とり戻せた平静を感じて帰宅した。けれども、夕刻に近く帰って来たAに其、突然起っ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・お前さんをいじめた人にも神は永遠なる安息をお与えなさるだろう。だがお前さんはまだ若い。こうなった方がかえってよかったかも知れない。あの男は神の恵みの下に眠るがよい。お前さんはとにかくまだ若いから」と云うような事であった。ユリアは頷いた。悲し・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫