・・・――で、赤鼻は、章魚とも河童ともつかぬ御難なのだから、待遇も態度も、河原の砂から拾って来たような体であったが、実は前妻のその狂女がもうけた、実子で、しかも長男で、この生れたて変なのが、やや育ってからも変なため、それを気にして気が狂った、御新・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・お貞が二人の子供を実子のように可愛がり、また自慢するのが近処の人々から嫌われる一原因だと聴いていたから、僕はそのつもりであしらっていた。「どうも馬鹿な子供で困ります」と言うのを、「なアに、ふたりとも利口なたちだから、おぼえがよくッて・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・自分は果してあの母の実子だろうかというような怪しい惨ましい考が起って来る。現に自分の気性と母及び妹の気象とは全然異っている。然し父には十の年に別れたのであるから、父の気象に自分が似て生れたということも自分には解らない。かすかに覚えているとこ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・彼女は嫁いで行った小山の家の祖母さんの死を見送り、旦那と自分の間に出来た小山の相続人でお新から言えば唯一人の兄にあたる実子の死を見送り、二年前には旦那の死をも見送った。彼女の周囲にあった親しい人達は、一人減り、二人減り、長年小山に出入してお・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ どうかすると私はこのちびが、死んだ三毛の実子のうちの一つであるような幻覚にとらえられる事があった。人間の科学に照らせばそれは明白に不可能な事であるが、しかし猫の精神の世界ではたしかにこれは死児の再生と言っても間違いではない。人間の精神・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・しかし雪ちゃんが主婦の実子か否と云う事は聞き洩した。尤も主婦がこの娘に対すると先達て生れた妹の利ちゃんに対するとその間に何のちがいも自分には認められなかったとは云え。 主婦は親切であったが、色の蒼白い、眉の間には始終憂鬱な影がちらついて・・・ 寺田寅彦 「雪ちゃん」
・・・桂三郎は実子より以上にも、兄たち夫婦に愛せられていた。兄には多少の不満もあったが、それは親の愛情から出た温かい深い配慮から出たものであった。義姉はというと、彼女は口を極めて桂三郎を賞めていた。で、また彼女の称讃に値いするだけのいい素質を彼が・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・――否、もし皇太子殿下が皇后陛下の御実子であったなら、陛下は御考があったかも知れぬ。皇后陛下は実に聡明恐れ入った御方である。「浅しとてせけばあふるゝ川水の心や民の心なるらむ」。陛下の御歌は実に為政者の金誡である。「浅しとてせけばあふるゝ」せ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・また老人が長々病気のとき、其看病に実の子女と養子嫁と孰れかと言えば、骨肉の実子に勝る者はなかる可し。即ち親子の真面目を現わす所にして、其間に心置なく遠慮なきが故なり。其遠慮なきは即ち親愛の情の濃なるが故なり。其愛情は不言の間に存して天下の親・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ただ諸氏に向って然るのみならず、現在、余が実子等へ警しむるところも、この旨より外ならず。 余をもって今の第二世の後進生を見れば、余が三十余年前に異なり、社会の事物はすでに文明開進の方向を定めて変化あるべからず。時勢の方向に変化なければ、・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
出典:青空文庫