・・・ 本塾に入りて勤学数年、卒業すれば、銭なき者は即日より工商社会の書記、手代、番頭となるべく、あるいは政府が人をとるに、ようやく実用を重んずるの風を成したらば、官途の営業もまた容易なるべく、幸にして資本ある者は、新たに一事業を起して独立活・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ ゆえに、今の横文字の帳合法は、一家に便利なり、上等の社会に便利なり、学者の流に適すべし、官員の仲間に適すべしといえども、人民の社会には適当せざるのみならず、かえってその体裁の怪しきがために、法の実用をも嫌わしむるものというべし。 ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・また、これを大にして都鄙の道路橋梁、公共の建築等に、時としては実用のほかに外見を飾るものなきにあらず。あるいは近来東京などにて交際のいよいよ盛んにして、遂に豪奢分外の譏りを得るまでに至りしも、幾分か外国人に対して体裁云々の意味を含むことなら・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・天文の本は紀さんの意見では非実用の由です。 実に特別な年末ですね。 この家での生活は、子供が三人になったら又一つ様相変化して大変なものです。太郎は今私と一つ部屋に寝て居ります、泰子が四十度ほど熱を出しているので。赤坊についている看護・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・だけれども、それは現在その地方でも実用には使われていないという風なものを蒐集して、仮に客間の壁にかけて置くという趣味が、果して美しさに敏感な心と云えるだろうか。 又、外国の宮殿を見ると、よく支那の間とか、トルコの間とかいう室がつくられて・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・ 成程自動車は、実用の美をもっている。全体の構成の上に不必要な、どんなネジも持っていないし、あまったどんな偶然のデッパリもない。どの部分も、自動車が自動車としてあるために必要なものだ。だが、メイエルホリド君! 君は、自動車消費者の立場で・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
人物旅人子供三人A 無邪気な晴れ晴れしい抑揚のある声の児B 実用的な平坦な動かない調子で話す児C 考え深い様な静かな声と身振りの児 場所小高い丘の上、四辺のからっと見はら・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
・・・数多のブルジョア婦人雑誌がそれを共通な特徴として婦人大衆の日常的な要求に訴えている実用記事を、『働く婦人』は階級的な扱いかたで雑誌の中に生かそうとしている。――ブルジョア婦人雑誌が一見実に陳腐でありながらしかも永年の間婦人大衆をとらえつづけ・・・ 宮本百合子 「婦人雑誌の問題」
・・・ 少年団大会出席のためロンドンへ出て来た大男の団長が実用的なことは靴とひとしい説教の間にそろりそろりと裸の膝頭でベンチの間を抜け聖壇正面がすっかり見える大柱の下へ立った。 出口のやっと一人ずつ通れる柵の左右に僧が立って口をあけた喜捨・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ 一九四五年八月、ナガサキとヒロシマで原爆が実用された結果、新しい脅威が地平線にあらわれた。その脅威はその後の五年間に段々上昇して、いまではまるで地球の真上にいつ爆発するかもしれない脅威として漂っている。あきらかに恐慌が、人類社会におこ・・・ 宮本百合子 「私の信条」
出典:青空文庫