・・・一は少紳士、一は貴夫人、容姿美しく輝くばかり。二の烏 恋も風、無常も風、情も露、生命も露、別るるも薄、招くも薄、泣くも虫、歌うも虫、跡は野原だ、勝手になれ。(怪しき声にて呪す。一と三の烏、同時に跪いて天を拝す。風一陣、灯はじ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・その容姿は似つかわしくて、何ともいえなかったが、また其の櫛の色を見るのも、そういう態度でなければならぬ。今これを掌へ取って覆して見たらば何うか、色も何も有ったものではなかろう。旁々これも一種の色の研究であろう。 で、鼈甲にしろ、簪にしろ・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・ 女中は茶を注ぎながら、横目を働かして、おとよの容姿をみる。おとよは女中には目もくれず、甲斐絹裏の、しゃらしゃらする羽織をとって省作に着せる。省作が下手に羽織の紐を結べば、おとよは物も言わないで、その紐を結び直してやる。おとよは身のこな・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ ところで、お前は妾のことをお千鶴に嗅ぎつけられても、一向平気で、それどころか、霞町の本舗でとくに容姿端麗の女事務員を募集し、それにも情けを掛けようとした。まず、手始めに広告取次社から貰った芝居の切符をひそかにかくれてやったり、女の身で・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 仁丹を買うためにパトロンを作った彼女は、煙草も酒も飲まず、酒場のボックスでは果物一つ口にしない行儀のよさが、吉田の学生街のへんに気取ったけちくさいアカデミックな雰囲気に似合っており、容姿にも何かあえかなノスタルジアがあった。 そん・・・ 織田作之助 「中毒」
むかし湖南の何とやら郡邑に、魚容という名の貧書生がいた。どういうわけか、昔から書生は貧という事にきまっているようである。この魚容君など、氏育ち共に賤しくなく、眉目清秀、容姿また閑雅の趣きがあって、書を好むこと色を好むが如し・・・ 太宰治 「竹青」
・・・これとてもさきの紳士連中は無礼と知りて行うたるにあらず、その平生において、男女品行上のことをば至って手軽に心得、ただ芸妓の容姿を悦び、美なること花の如しなどとて、徳義上の死物たる醜行不倫の女子も、潔清上品なる良家の令嬢も大同小異の観をなして・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・山田五十鈴、入江たか子、それぞれ自分の容姿をある持ち味で活かす頭はもっているといえようが、日本の映画は歴史が若くて映画としての世界が狭かったためか、女優のあたまにしろ感情にしろ、まだ奥が浅いと思う。このことには、日本の女の生活全体の歴史も反・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・ 彼女等の引緊った表情と、軽快な容姿と比較したとき、その直覚の鈍さは、時には滑稽の感を与えずには措きません。 年中緊張して、笑う間にさえ尚心にゆとりを与えない彼女等の生活は、東洋人に特恵である直覚と対立した時、思わずも微笑させる余裕・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
美とか、醜とかいうことは一様には云われません。美しいと思うのは容姿美ということより、その人から受ける感じに依って云われるものだと思います。 私は何よりも凡ての感じから観て「その人らしい」という人がいいと思います。たいし・・・ 宮本百合子 「その人らしい人が好き」
出典:青空文庫