・・・然し、共通の利害で密集した大衆の力が現実に高まって、従って主題がある程度まで深化されたモメントというものはあるわけだろう。 われわれは、こまかい具体的情景を書いて行かなければならない。だが、ただ職場でこういった、こんなことがあったと、現・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・おなかが空いた落付かない顔は、ああやって密集して順番を待っている人々の表情のなかで、更に一層焦立たしいような、焦立たしさを持ってゆく当途のないために猶更焦立たしいというようなかげを帯びて眉のあたりや口元に漂っている。タバコを吸いながら待って・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・りを待伏せる春婦が、ショー・ウィンドウのガラス面に自分の顔を、内部にこの商品を眺めつつぶらつき、やがて三十分もするとロンドン市中、あらゆる地下電車ステーションの昇降機とエスカレータアは黒い人間の粒々を密集させて廻転する巨大な産卵紙となる。乗・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
この間うちの上野駅の混雑というものは全く殺人的なひどい有様であったようだ。その混雑の原因の一つは、お盆にあたって故郷へかえる男女の産業戦士たちの出入りであると云われ、密集して改札口につめかけている大群集の写真も新聞にのった・・・ 宮本百合子 「若きいのちを」
・・・―― ――赤旗も、労働者も、反動青年団の密集した列も、どこへ行ったか、跡かたもない。チリヂリに群集が、踏みしだかれた広場の土の上を歩いているだけだ。 デモはそんなに急に、巧妙に解散させられてしまったのだ。 昨夜の雨はやんで、晴渡・・・ 宮本百合子 「ワルシャワのメーデー」
・・・川を渡ったり、杉の密集している急な崖をよじ登ったりして、父の発砲する音を聞いていたが、氷の張りつめた小川を跳び越すとき、私は足を踏み辷らして、氷の中へ落ち込み、父から襟首を持って引き上げられた。それから二度と父はもう私をつれて行ってはくれな・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫