・・・曰く其角を尋ね嵐雪を訪い素堂を倡い鬼貫に伴う、日々この四老に会してわずかに市城名利の域を離れ林園に遊び山水にうたげし酒を酌みて談笑し句を得ることはもっぱら不用意を貴ぶ、かくのごとくすること日々ある日また四老に会す、幽賞雅懐はじめのご・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・女らしさのゆえにこそ、婦人たる性を愛し尊ぶからこそ、今日婦人は立っている。そのことを、ひとも我も、しんから自覚し、たたかいにおいてさえも婦人の天真な美しさとつよさとを発揮してゆきたいと思う。〔一九四六年十一月〕・・・ 宮本百合子 「「女らしさ」とは」
・・・紅葉山人が、用語の上に非常な苦心をもって、新らしい試をされたのだけでも氏の遺業は大なるものであると尊ぶのである。 一葉女史にしても、そのまれに見る才筆にはいかなる賛辞も惜しまないのである。 けれ共、今云った様な事を感じたのは、かくす・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・男の心の、その乱れた内にもまだ何分か、その本心、美術を貴ぶ心はのこって居た。「女がさぞ………」 フト男はまにさされたように身をふるわせた。「女がさぞ……」 このことばは男は死なせられるより情ない辛いことで有った。 彼の何・・・ 宮本百合子 「死に対して」
・・・ いつも謙譲に、その人々は美くしいものを、讃め、尊ぶことを知っていたと同時に、讃めるにも、尊ぶにも「彼自身」をなくして出来るだけ多勢群れている方へと、向う見ずに走って行くような人ではなかった。 ほんとに小さな者の前で、急に膨れ上るか・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 母は情熱的な気質で、所謂文学的で多くの美点を持っていたが、子供達に対する愛情の深さも、或る時は却ってその尊ぶべき感情の自意識の方がより強力に母の実行を打ちまかすことがあった。私はそういう母の愛についての理窟には困った。父もまた良人又は・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・前者は立体的清澄を後者は平面的清澄を尊ぶ。新感覚が清少納言に比較して野蛮人のごとく鈍重に感じられると云うことは、清少納言の官能が文明人のごとく象徴的混迷を以って進化することが不可能であったと感じられることと等しくなる。生活の感覚化・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・ 涙を冷笑した時代の後に、また涙を尊ぶ時代が現われるのである。五 次には芸術家の問題である。 現戦争は人に人生の意義と目的とを反省させないではおかない。従ってまた人類の有史以来数千年の業績をも、しみじみと自己の問題と・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・米と肉と野菜とで養う肉体はこの尊ぶべき心霊を欠く時一疋の豕に過ぎない、野を行く牛の兄弟である。塵よりいでて塵に返る有限の人の身に光明に充つる霊を宿し、肉と霊との円満なる調和を見る時羽なき二足獣は、威厳ある「人」に進化する。肉は袋であり霊は珠・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫