・・・骨董は非常の勢をもって世に尊重され出した。勿論おもしろくないものや、味のないものや、平凡のものを持囃したのではない。人をしてなるほどと首肯点頭せしむるに足るだけの骨董を珍重したのである。食色の慾は限りがある、またそれは劣等の慾、牛や豚も通有・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・それは尊重されなければいけない。 私の困惑は、他に在るのだ。それは、私がみじんも大家で無い、という一事である。この雑誌の、八月上旬号、九月下旬号、十月下旬号の三冊を、私は編輯者から恵送せられたのであるが、一覧するに、この雑誌の読者は、す・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・つねに故人の、一流芸者としての精神を、尊重して来たつもりである。あとで、いざこざの起らぬよう、それだけを附記する。 かきならす。おとをだに聞かば。このさとに。わがすむことを。きみや知るらむ。・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・しかしアインシュタインが、科学それ自身は実用とは無関係なものだと言明しながら、手工の必修を主張して実用を尊重するのが妙だと云うのに答えて次のような事を云っている。「私が実用に無関係と云ったのは、純粋な研究の窮極目的についてである。その目・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ 蛆がきたないのではなくて、人間や自然の作ったきたないものを浄化するために蛆がその全力をつくすのである。尊重はしても軽侮すべきなんらの理由もない道理である。 蛆が成虫になって蠅と改名すると、急にたちが悪くなるように見える。昔は「五月・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・従来のこれらの試みは、すべてただ実験室的の意義しかないが、そういう意義においては尊重すべきものであるというふうに解釈されている。しかしそうばかりは言われないであろうと思われる。アメリカ人やドイツ人には到底理解されないものが東洋日本の大衆には・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・に拘泥しないし、また無理な形式を喜ばない傾があるが、門外漢になると中味が分らなくってもとにかく形式だけは知りたがる、そうしてその形式がいかにその物を現すに不適当であっても何でも構わずに一種の智識として尊重すると云う事になるのであります。・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・しかし自分がそれだけの個性を尊重し得るように、社会から許されるならば、他人に対してもその個性を認めて、彼らの傾向を尊重するのが理の当然になって来るでしょう。それが必要でかつ正しい事としか私には見えません。自分は天性右を向いているから、あいつ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・哲学は科学を尊重し、科学を材料とするとともに、科学は哲学に基礎附けられねばならない。ガリレイをば根柢なしに建てたと評したデカルトの目的は、新自然学の形而上学的基礎附にあったともいわれる。しかしそれは両者の立場を混同して、科学の中に哲学を入れ・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・この詭遇の影に傷けられた、大家先生の自負心の創痕はいつか癒えて、稀にではあるが先生が尊重の情をもって少時の女友達の上を回想することもある。 鎖鑰を下した先生の卓の抽出しの中で、二通の手紙が次第に黄ばんで行く。それを包んだ紙には「田舎」と・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫