・・・ まあ、体裁の上では小品ですが、――編輯者 「奇遇」と云う題ですね。どんな事を書いたのですか?小説家 ちょいと読んで見ましょうか? 二十分ばかりかかれば読めますから、―― × × ・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・自分は彼の小康を得た時、入院前後の消息を小品にしたいと思ったことがある。けれどもうっかりそう云うものを作ると、また病気がぶり返しそうな、迷信じみた心もちがした。そのためにとうとう書かずにしまった。今は多加志も庭木に吊ったハムモックの中に眠っ・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・…… この数篇の小品は一本の巻煙草の煙となる間に、続々と保吉の心をかすめた追憶の二三を記したものである。 二 道の上の秘密 保吉の四歳の時である。彼は鶴と云う女中と一しょに大溝の往来へ通りかかった。黒ぐろと湛えた・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・とかいう小品集を読み、やはり歩兵の靴から出る火花を書いたものを発見した。(僕に白柳秀湖氏や上司それはまだ中学生の僕には僕自身同じことを見ていたせいか、感銘の深いものに違いなかった。僕はこの文章から同氏の本を読むようになり、いつかロシヤの文学・・・ 芥川竜之介 「追憶」
豊島は僕より一年前に仏文を出た先輩だから、親しく話しをするようになったのは、寧ろ最近の事である。僕が始めて豊島与志雄と云う名を知ったのは、一高の校友会雑誌に、「褪紅色の珠」と云う小品が出た時だろう。それがどう云う訳か、僕の・・・ 芥川竜之介 「豊島与志雄氏の事」
・・・ ある時彼は二年級の生徒に、やはり航海のことを書いた、何とか云う小品を教えていた。それは恐るべき悪文だった。マストに風が唸ったり、ハッチへ浪が打ちこんだりしても、その浪なり風なりは少しも文字の上へ浮ばなかった。彼は生徒に訳読をさせながら・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・ 椿岳の画は大抵小品小幀であって大作と見做すべきものが殆んどない。尤もその頃は今の展覧会向きのような大画幅を滅多に描くものはなかったが、殊に椿岳は画を風流とする心に累せられて、寿命を縮めるような製作を嫌っていた。十日一水を画き五日一石を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・という小品が出来上ったことは、小説の完成を意味しないのだ。いわば「灰色の月」という小品を素材にして、小説が作られて行くべきで、日本の伝統的小説の約束は、この小説に於ける少年工の描写を過不足なき描写として推賞するが、過不足なき描写とは一体いか・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 昨日手にしたC誌十一月号にあなたの小品が発表されていましたので、懐かしさのあまり恥を忍んでこうした筆を取りました。それによると御病気の様子、それも例の持病の喘息とばかりでなく、もっと心にかかる状態のように伺われますが、いかがでございま・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・なるほど指摘されて見ると、呉春の小品でも見る位には思えるちょっとした美がある。小さな稲荷のよろけ鳥居が薮げやきのもじゃもじゃの傍に見えるのをほめる。ほめられて見ると、なるほどちょっとおもしろくその丹ぬりの色の古ぼけ加減が思われる。土橋から少・・・ 幸田露伴 「野道」
出典:青空文庫