・・・ 対の蒲団を、とんとんと小形の長火鉢の内側へ直して、「さ、さ、貴女。」 と自分は退いて、「いざまず……これへ。」と口も気もともに軽い、が、起居が石臼を引摺るように、どしどしする。――ああ、無理はない、脚気がある。夜あかしはし・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 一小間硝子を張って、小形の仏龕、塔のうつし、その祖師の像などを並べた下に、年紀はまだ若そうだが、額のぬけ上った、そして円顔で、眉の濃い、目の柔和な男が、道の向うさがりに大きな塵塚に対しつつ、口をへの字形に結んで泰然として、胡坐で細工盤・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・「なるほど私は東京へゆけば時計はいらない、これは小形だから女の持つにもえい」 駅夫が千葉千葉と呼ぶ。二人は今さらにうろたえる。省作はきっとなって、「二人はここで降りるんだ」 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と一枚の小形の名刺を渡した。お清はそれを受けとって梯子段を上がった。 午後二時ごろで、たいがいの客は実際不在であるから家内しんとしてきわめて静かである。中庭の青桐の若葉の影が拭きぬいた廊下に映ってぴかぴか光っている。 北の八番の・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・ ところへ細君は小形の出雲焼の燗徳利を持って来た。主人に対って坐って、一つ酌をしながら微笑を浮べて、「さぞお疲労でしたろう。」と云ったその言葉は極めて簡単であったが、打水の涼しげな庭の景色を見て感謝の意を含めたような口調であった・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・ と言って先生が書架から取出したのは、古い皮表紙の小形の洋書だ。先生は鼻眼鏡を隆い鼻のところに宛行って、過ぎ去った自分の生活の香気を嗅ぐようにその古い洋書を繰りひろげて見て、それから高瀬にくれた。 正木大尉は幹事室の方に見えた。先生・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ この器械はいわゆる無ラッパの小形のもので、音が弱くて騒がしい事はなかったが、音色の再現という点からはあまり完全とは思われず、それに何かものを摩擦するような雑音がかなり混じていて耳ざわりであった。それにもかかわらず私の心はその時不思議に・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・そういう絵はむしろ小形の下絵を陳列した方がいいかもしれない。私はある種の装飾的の絵は実際そうした方が審査員にも作家にもまた観賞者にも双方便宜ではないかと考えている。 このような色々の考えを人に話した時に、私は何でも新しいもの変ったもので・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
朝早く目がさめるともうなかなか二度とは寝つかれない。この病院の夜はあまりに静かである。二つの時計――その一つは小形の置き時計で、右側の壁にくっつけた戸棚の上にある、もう一つは懐中時計でベットの頭の手すりにつるしてある――こ・・・ 寺田寅彦 「病院の夜明けの物音」
・・・そうして椅子を立ち上がって、書棚の中から黒い表紙の小形の本を出して、そのうちの或頁を朗々と読み始めた。しばらくすると、本を伏せてどうだと聞かれた。正直の所余には一言も解らなかったから、一体それは英語ですかと聞いた。すると先生は天来の滑稽を不・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
出典:青空文庫