・・・僕はMには頓着せず、着もの脱ぎ場から少し離れた、小高い砂山の上へ行った。それから貸下駄を臀の下に敷き、敷島でも一本吸おうとした。しかし僕のマツチの火は存外強い風のために容易に巻煙草に移らなかった。「おうい。」 Mはいつ引っ返したのか・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ 将軍を始め軍司令部や、兵站監部の将校たちは、外国の従軍武官たちと、その後の小高い土地に、ずらりと椅子を並べていた。そこには参謀肩章だの、副官の襷だのが見えるだけでも、一般兵卒の看客席より、遥かに空気が花やかだった。殊に外国の従軍武官は・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 鎮守は小高い密樹林の中にあった。ある晩仁右衛門はそこで女を待ち合わしていた。風も吹かず雨も降らず、音のない夜だった。女の来ようは思いの外早い事も腹の立つほどおそい事もあった。仁右衛門はだだっ広い建物の入口の所で膝をだきながら耳をそばだ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・……渡らずと、橋の詰をの、ちと後へ戻るようなれど、左へ取って、小高い処を上らっしゃれ。そこが尋ねる実盛塚じゃわいやい。」 と杖を直す。 安宅の関の古蹟とともに、実盛塚は名所と聞く。……が、私は今それをたずねるのではなかった。道すがら・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・――そうは言っても、小高い場所に雪が積ったのではありません、粉雪の吹溜りがこんもりと積ったのを、哄と吹く風が根こそぎにその吹く方へ吹飛ばして運ぶのであります。一つ二つの数ではない。波の重るような、幾つも幾つも、颯と吹いて、むらむらと位置を乱・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ ここは、切立というほどではないが、巌組みの径が嶮しく、砕いた薬研の底を上る、涸れた滝の痕に似て、草土手の小高い処で、るいるいと墓が並び、傾き、また倒れたのがある。 上り切った卵塔の一劃、高い処に、裏山の峯を抽いて繁ったのが、例の高・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 僕の家というのは、松戸から二里ばかり下って、矢切の渡を東へ渡り、小高い岡の上でやはり矢切村と云ってる所。矢切の斎藤と云えば、この界隈での旧家で、里見の崩れが二三人ここへ落ちて百姓になった内の一人が斎藤と云ったのだと祖父から聞いて居る。・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ お町が家は、松尾の東はずれでな、往来から岡の方へ余程経上って、小高い所にあるから一寸見ても涼しそうな家さ、おれがいくとお町は二つの小牛を庭の柿の木の蔭へ繋いで、十になる惣領を相手に、腰巻一つになって小牛を洗ってる、刈立ての青草を籠に一・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・ 遥か、彼方には、海岸の小高い山にある神社の燈火がちらちらと波間に見えていました。ある夜、女の人魚は、子供を産み落すために冷たい暗い波の間を泳いで、陸の方に向って近づいて来ました。二 海岸に小さな町がありました。町にはい・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・ はるか、かなたには、海岸の小高い山にある、神社の燈火がちらちらと波間に見えていました。ある夜、女の人魚は、子供を産み落とすために、冷たい、暗い波の間を泳いで、陸の方に向かって近づいてきました。二 海岸に、小さな町があり・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
出典:青空文庫