・・・その目的はただ極めて少数の人にのみ認め得られるものである。それでせいぜい科学の準備くらいのところまでこの考えを持って行くのは見当違いである。むしろ反対に私は学校で教える理科は今日やっているよりずっと実用的に出来ると思う。今のはあまりに非実際・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・しかし博士でなければ学者でないように、世間を思わせるほど博士に価値を賦与したならば、学問は少数の博士の専有物となって、僅かな学者的貴族が、学権を掌握し尽すに至ると共に、選に洩れたる他は全く一般から閑却されるの結果として、厭うべき弊害の続出せ・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・ ニイチェの理解に於ける困難さは、彼の初期に於ける少数の著書論文を除いて、その後の者が多くアフォリズムの形式で書かれて居ることにある。彼がこの文章の形式を選んだのは、一つには彼の肉体が病弱で、体系を有する大論文を書くに適しなかつた為もあ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ お前が夜更けて、独りその内身の病毒、骨がらみの梅毒について、治療法を考え、膏薬を張り、神々を祈願し、嘆いていることは、まだ極めて少数の赤ん坊より外知らないんだ。 だから、今、お前はその実際の力も、虚勢も、傭兵をも動員して、殺戮本能・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・小さい、寂しい横町である。少数の職業組合が旧教の牧師の下に立って単調な生活をしていた昔をそのままに見せるこう云う町は、パリイにはこの辺を除けては残っていない。指定せられた十八番地の前に立って見れば、宛然たる田舎家である。この家なら、そっくり・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・これまで文学の仕事というものは、今日にあっても室生氏が未だ業ならざる者は弾丸に当って死ぬがまし、と云っても自身その言葉に赤面しないですんでいるような、特殊な専門的修練を経て成り上った少数者の技術のように考えられていた。しかし、それならばと云・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・画家の生活全体が困難になって、ごく少数の大家――その人の絵をもっていれば、やがて値が出て金になるという、家屋敷を買うような意味で買われる大家を除いては、新進画家の生活はまったく苦しい、それは出版事情の最悪な今の文学にも、また音楽にもいえる。・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・そして少数の人がどこかで読んで、自分と同じような感じをしてくれるものがあったら、為合せだと、心のずっと奥の方で思っているのである。 停留場までの道を半分程歩いて来たとき、横町から小川という男が出た。同じ役所に勤めているので、三度に一度位・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・深いものを見得るのはただ少数の人々に過ぎない。大多数の人々を共通に動かし得る物は、今の所、センチメンタリズムのほかにないだろう。 誤解を恐れるな。ただ真実の道を歩め。九 怒りをもって怒りを鎮める事はできない。主我心をもっ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・その影響の下に日本人の作り出した文化産物も偶然に残存した少数の例外のほかは、実に徹底的に湮滅させられてしまった。したがってあれほど大きい、深い根をおろした文化運動も、日本の歴史では、ちょっとした挿話くらいにしか取り扱われないことになった。・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫