・・・ この書、はじめをその地勢に起し、神の始、里の神、家の神等より、天狗、山男、山女、塚と森、魂の行方、まぼろし、雪女。河童、猿、狼、熊、狐の類より、昔々の歌謡に至るまで、話題すべて一百十九。附馬牛の山男、閉伊川の淵の河童、恐しき息を吐き、・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・見世物には猿芝居、山雀の曲芸、ろくろ首、山男、地獄極楽のからくりなどという、もうこの頃ではたんと見られないものが軒を列べて出ていました。 私は乳母に手を引かれて、あっちこっちと見て歩く内に、ふと社の裏手の明き地に大勢人が集まっているのを・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ そんなことを考えながら、T君の山男のような蓬髪としわくちゃによごれやつれた開襟シャツの勇ましいいで立ちを、スマートな近代的ハイカーの颯爽たる風姿と思い比べているうちに、いつか快い眠りに落ちて行ったことであった。・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・とにかく、この山男の身辺にはなんとなく一種神秘の雰囲気が揺曳しているように思われて、当時の悪太郎どもも容易には接近し得なかったようである。自分もこの老いさらぼえた山人に何とはなしに畏怖の念をいだいていたが、しかしその「山オコゼ」というのがど・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・ それどころではなく、まんなかには、黄金色の目をした、顔のまっかな山男が、あぐらをかいて座っていました。そしてみんなを見ると、大きな口をあけてバアと云いました。 子供らは叫んで逃げ出そうとしましたが、大人はびくともしないで、声をそろ・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・ また向こうの、黒いひのきの森の中のあき地に山男がいます。山男はお日さまに向いて倒れた木に腰掛けて何か鳥を引き裂いてたべようとしているらしいのですが、なぜあの黝んだ黄金の眼玉を地面にじっと向けているのでしょう。鳥をたべることさえ忘れたよ・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・「伊佐戸の町の、電気工夫の童あ、山男に手足いしばらえてたふだ。」といつかだれかの話した言葉が、はっきり耳に聞こえて来ます。 そして、黒い道がにわかに消えてしまいました。あたりがほんのしばらくしいんとなりました。それから非常に強い風が・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・「ああ山男だ。助かった。」と楢夫は思いました。そして、楢夫は、忽ち山男の手で受け留められて、草原におろされました。その草原は楢夫のうちの前の草原でした。栗の木があって、たしかに三つの猿のこしかけがついていました。そして誰も居ません。もう・・・ 宮沢賢治 「さるのこしかけ」
・・・「一、山男紫紺を売りて酒を買い候事、山男、西根山にて紫紺の根を掘り取り、夕景に至りて、ひそかに御城下(盛岡へ立ち出で候上、材木町生薬商人近江屋源八に一俵二十五文にて売り候。それより山男、酒屋半之助方へ参り、五合入程の瓢箪を差出し、こ・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・ 6 山男の四月四月のかれ草の中にねころんだ山男の夢です。烏の北斗七星といっしょに、一つの小さなこころの種子を有ちます。 7 かしわばやしの夜桃色の大きな月はだんだん小さく青じろくなり、かしわはみんなざわざわ・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
出典:青空文庫