・・・けれども同時にその源が神秘なものでも荘厳なものでもなくなって、第一義真理の魅力を失い、崇拝にも憧憬にも当たらなくなってしまう。四 知識で押して行けば普通道徳が一の方便になるとともに、その根柢に自己の生を愛するという積極的な目・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・私は、永井荷風という作家を、決して無条件に崇拝しているわけではありません。きのう、その小説集を読んでいながらも、幾度か不満を感じました。私みたいな、田舎者とは、たちの異る作家のようであります。けれども、いま書き抜いてみた一文には、多少の共感・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・さて文士連と何の触接点があるかと云うと、当時流行のある女優を、文士連も崇拝しているし、中尉達も崇拝しているに過ぎない。中尉達の方では、それに金を掛けているだけが違う。それでも竜騎兵中尉は折々文士のいる卓に来て、余り気も附けずに話を聞いて、微・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ ロシア崇拝の映画人が神様のようにかつぎ上げているかのエイゼンシュテインが、日本固有芸術の中にモンタージュの真諦を発見して驚嘆すると同時に、日本の映画にはそれがないと言っているのは皮肉である。彼がどれだけ多くの日本映画を見てそう言ったか・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・この映画を見ながら、英雄崇拝は結局永久普遍に不可避的な人間界の事実だというような気がした。われわれが見るとムッソリニが閲兵式に臨んでいるニュース映画もこれと全く同格な現象のニュースとして実におもしろく見られるのである。 ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・承知していながら、決して改悛する必要がないと思うほど、この病弊を芸術的に崇拝しているのである。されば賤業婦の美を論ずるには、極端に流れたる近世の芸術観を以てするより外はない。理性にも同情にも訴うるのでなく、唯過敏なる感覚をのみ基礎として近世・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・その Enthousiasme の根本の力を私に授けてくれたものは、仏蘭西人が Sarah Bernhardt に対し伊太利亜人が Eleonora Duse に対するように、坂東美津江や常磐津金蔵を崇拝した当時の若衆の溢れ漲る熱情の感化に・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・従ってカーライルの英雄崇拝的傾向の欲求が永久に存在する事は前述の通りであるが今はこれに多少の変化を来たしたという訳であります。 さてかく自然主義の道徳文学のために、自己改良の念が浅く向上渇仰の動機が薄くなるということは必ずあるに相違ない・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・彼等の中で、比較的忠実に読んだ人さへが、単なる英雄主義者として、反キリストや反道徳の痛快なヒーローとして、単純な感激性で崇拝して居たこと、あたかも大正期の文壇でトルストイやドストイェフスキイやを、単なる救世軍の大将として、白樺派の人々が崇拝・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・然らば即ち今日の女大学は小説に非ず、戯作に非ず、女子教育の宝書として、都鄙の或る部分には今尚お崇拝せらるゝものにてありながら、宝書中に記す所は明かに現行法律に反くもの多し。其の民心に浸潤するの結果は、人を誤って法の罪人たらしむるに至る可し。・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫