・・・たとえ、両国橋、新大橋、永代橋と、河口に近づくに従って、川の水は、著しく暖潮の深藍色を交えながら、騒音と煙塵とにみちた空気の下に、白くただれた目をぎらぎらとブリキのように反射して、石炭を積んだ達磨船や白ペンキのはげた古風な汽船をものうげにゆ・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・砂浜には引地川の川口のあたりに火かげが一つ動いていた。それは沖へ漁に行った船の目じるしになるものらしかった。 浪の音は勿論絶えなかった。が、浪打ち際へ近づくにつれ、だんだん磯臭さも強まり出した。それは海そのものよりも僕等の足もとに打ち上・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・が、大御所吉宗の内意を受けて、手負いと披露したまま駕籠で中の口から、平川口へ出て引きとらせた。公に死去の届が出たのは、二十一日の事である。 修理は、越中守が引きとった後で、すぐに水野監物に預けられた。これも中の口から、平川口へ、青網をか・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 予はふかくこの夢幻の感じに酔うて、河口湖畔の舟津へいでた。舟津の家なみや人のゆききや、馬のゆくのも子どもの遊ぶのも、また湖水の深沈としずかなありさまやが、ことごとく夢中の光景としか思えない。 家なみから北のすみがすこしく湖水へはり・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・しかしこの船宿は、かの待合同様な遊船宿のそれではない、清国の津々浦々から上って来る和船帆前船の品川前から大川口へ碇泊して船頭船子をお客にしている船乗りの旅宿で、座敷の真中に赤毛布を敷いて、欅の岩畳な角火鉢を間に、金之助と相向って坐っているの・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・そんなことが一層この橋の感じをしょんぼりさせているのだろう。川口界隈の煤煙にくすんだ空の色が、重くこの橋の上に垂れている。川の水も濁っている。 ともかく、陰気だ。ひとつには、この橋を年中日に何度となく渡らねばならぬことが、さように感じさ・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・鶴見崎のあたり真帆片帆白し。川口の洲には千鳥飛べり。源叔父は五人の客乗せて纜解かんとす、三人の若者駈けきたりて乗りこめば舟には人満ちたり。島にかえる娘二人は姉妹らしく、頭に手拭かぶり手に小さき包み持ちぬ。残り五人は浦人なり、後れて乗りこみし・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・海近き河口に至る。潮退きて洲あらわれ鳥の群、飛び回る。水門を下ろす童子あり。灘村に舟を渡さんと舷に腰かけて潮の来るを待つらん若者あり。背低き櫨堤の上に樹ちて浜風に吹かれ、紅の葉ごとに光を放つ。野末はるかに百舌鳥のあわただしく鳴くが聞こゆ。純・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 日影なおあぶずりの端に躊ゆたうころ、川口の浅瀬を村の若者二人、はだか馬に跨りて静かに歩ます、画めきたるを見ることもあり。かかる時浜には見わたすかぎり、人らしきものの影なく、ひき上げし舟の舳に止まれる烏の、声をも立てで翼打ものうげに鎌倉・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・そうしてずいぶん遠く下流にまでやって来る様子で、たいへん大きな河の河口で網を打っていたら、その網の中にはいっていたなどの話もあるようでございます。だいたい日本のどの辺に多くいるのか、それはあのシーボルトさんの他にも、和蘭人のハンデルホーメン・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫