・・・それにしてもより稀薄に支配階級の血を伝えた私生児中にかかる気勢が見えはじめたことは、大勢の赴くところを予想せしめるではないか。すなわち私生児の供給がやや邪魔になりかかりつつあるのを語っているのではないか。この実状を眼前にしながら、クロポトキ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・他の犬士の物語と比べて人間味が著しく稀薄であるが、殊に京都の物語は巽風・於菟子の一節を除いては極めて空虚な少年武勇伝である。 本来『八犬伝』は百七十一回の八犬具足を以て終結と見るが当然である。馬琴が聖嘆の七十回本『水滸伝』を難じて、『水・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・に過ぎない遊戯と思いながら面白半分の応援隊となっていたが、それ以来かくの如き態度は厳粛な文学に対する冒涜であると思い、同時に私のような貧しい思想と稀薄な信念のものが遊戯的に文学を語るを空恐ろしく思った。 同時に私は二葉亭を憶出した。巌本・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・活動写真は、たゞ眼先をいろ/\に換えて其の間に、驚異と人情とを印象させるようにするけれど、もとより稀薄たるを免れない。しばらくは忘れることの出来ぬようなものであってもやがては忘れてしまうのです。凡そその程度のものであるから、もとより享楽すべ・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・何が善いか、悪いか、正不正の感覚と興味との稀薄なことが人間として低卑であることはそれにもまして恥じねばならぬことである。人の道、天の理、心の自律――近くは人間学的倫理学の強調するような「世の中の道」にまでひろがるところの一般の倫理的なるもの・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 動物的、本能的感情の稀薄な母性愛は骨ぬきの愛である。これが永遠に母親の愛の原動力である。これがなかったら、私たちは母親というものをこれほどなつかしく思うことはできないだろう。私は動物園で子どもを抱いている母猿を見るごとに感動せぬことは・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・人倫の根本愛の雛型である母子間の結紐を稀薄にすることが理想的社会の結合を暖かく、堅くするとはどうしても思われない。婦人は少なくとも三人や、四人の子どもは産んでくれねばならぬ。そして一人の子どもの哺乳や、添寝や、夜泣きや、おしっこの始末や、お・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・もしこの漆黒の髪がなかったら浮世絵の顔の線などは無意味な線の断片の集合に堕落してしまって画面全体に対する存在理由の希薄なものになってしまいそうである。 頭髪の輪郭をなしているいろいろの曲線がまた非常に重要な役目をしている。歌麿以前の名家・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・どうかするとあまりに重く堅過ぎるように私には思われる事もあるが、考えてみると、それを取り去ってはやはり作者の影が稀薄になるかと思う。 宇都野さんの歌はどう見ても大宮人の歌ではない、何処かしら東夷とでも云いたいような処があると私は思う。そ・・・ 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・音の具象性が希薄であればあるほど、この陰影は濃厚になる。それだから、名状し難いいろいろな心持ちのニュアンスの象徴としては音のほうが画像よりもいっそう有力でありうるということになる。 たとえば「人生案内」の最後の景において機関車のほえるよ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫