・・・ その変に捩くれた万年筆を持った男が、帳簿を繰り繰り、九段にこんな家があるが、どうですね、少々権利があって面倒だが、などと云っている時であった。 格子の内に、白い夏服を着、丸顔で髪の黒い一人の外国人が入って来る。 そして、貸家が・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・ 商売 帳簿を立て並べた長い台に向って、土間に、白キャラコの覆いのよごれた粗末な腰かけが三四脚おいてある。薄禿げで、口のまわりに大きい皺のある小柄な主人が縞の着物に黒ラシャ前垂をかけ、台に坐り筆で何か書いている。主人の背・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・低い方の山の書類の処理は、折々帳簿を出して照らし合せて見ることがあるばかりで、ぐんぐんはかが行く。三件も四件も烟草休なしに済ましてしまうことがある。済んだのは、検印をして、給仕に持たせて、それぞれ廻す先へ廻す。書類中には直ぐに課長の処へ持っ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 父伊兵衛は恐らくは帳簿と書出とにしか文字を書いたことはあるまい。然るに竜池は秦星池を師として手習をした。狂歌は初代弥生庵雛麿の門人で雛亀と称し、晩年には桃の本鶴廬また源仙と云った。また俳諧をもして仙塢と号した。 父伊兵衛は恐らくは・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫