・・・ これはつうやの常套手段である。彼女は何を尋ねても、素直に教えたと云うことはない。必ず一度は厳格に「考えて御覧なさい」を繰り返すのである。厳格に――けれどもつうやは母のように年をとっていた訣でもなんでもない。やっと十五か十六になった、小・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・今の道徳からいったら人情本の常套の団円たる妻妾の三曲合奏というような歓楽は顰蹙すべき沙汰の限りだが、江戸時代には富豪の家庭の美くしい理想であったのだ。 が、諸藩の勤番の田舎侍やお江戸見物の杢十田五作の買妓にはこの江戸情調が欠けていたので・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして、旧習慣、常套、俗悪なる形式作法に囚われなければならぬのか。 塵埃に塗れた、草や、木が、風雨を恋うるように、生活に疲れた人々は、清新な生命の泉に渇するのであります。詩の使命を知るものは、童話が、いかに、この人生に重大な位置にあるか・・・ 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
・・・すべての男性が家庭的で、妻子のことのみかかわって、日曜には家族的のトリップでもするということで満足していたら、人生は何たる平凡、常套であろう。男性は獅子であり、鷹であることを本色とするものだ。たまに飛び出して巣にかえらぬときもあろう。あまり・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・古き型の常套的レディは次第に取り残され、新しき機能的なレディの型が見出されつつある。青年学生の青春のパートナーとして、私が避けたいのは媚を売る女性のみである。 私の経験から生じる一般的助言としては、「恋愛に焦るな」「結婚を急ぐな」と私は・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ これと場合はちがうが、われわれは子供などに科学上の知識を教えている時にしばしば自分がなんの気もつかずに言っている常套の事がらの奥の深みに隠れたあるものを指摘されて、職業科学者の弱点をきわどく射通される思いがする事はないでもない。 ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・道成寺の場合にはまた、初期の映画で常套的に行なわれた「追っ駆け」を基調とする構成の趣があると言われよう。 映画の場合に甲の場面から次の乙景に移る際にいわゆる溶暗溶明を用いることがある。絵巻物ではそのかわりに雲や水や森や山の模糊たる雰囲気・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ しかしこういう種類の技巧は芸術としての映画が始まって以来、おそらく常套的に慣用されて来た技巧であって、それがさまざまな違った着物を着て出現しているに過ぎないものであって、こういうことはまた、自分自身の頭を持って生まれることを忘れた三流・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかし、また一方、大衆にわかりやすい常套手段をいつまでも繰り返しているのでは飽きやすい世間からやがて見捨てられるという心配に断えず脅かされなければならない。その困難を切り抜けるためには何かしら絶え間なく新しい可能性を捜し出してはそれをスクリ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・『立像』の詩はおそらくそういう風な、常套の言葉で現わしにくいものを表現しようと狙っているのではないかという気がしました。 ただ、見馴れない吾々にはどうもあまりひねり過ぎたと思われるような、あるいは無用に誇張したと思われるような辞句が・・・ 寺田寅彦 「御返事(石原純君へ)」
出典:青空文庫