・・・電話を知らせたのはもう一人の、松と云う年上の女中だった。松は濡れ手を下げたなり、銅壺の見える台所の口に、襷がけの姿を現していた。「どこだい?」「どちらでございますか、――」「しょうがないな、いつでもどちらでございますかだ。」・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・のみならず多加志が泣きやんだと思うと、今度は二つ年上の比呂志も思い切り、大声に泣き出したりした。 神経にさわることはそればかりではなかった。午後には見知らない青年が一人、金の工面を頼みに来た。「僕は筋肉労働者ですが、C先生から先生に紹介・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・中肉で、脚のすらりと、小股のしまった、瓜ざね顔で、鼻筋の通った、目の大い、無口で、それで、ものいいのきっぱりした、少し言葉尻の上る、声に歯ぎれの嶮のある、しかし、気の優しい、私より四つ五つ年上で――ただうつくしいというより仇っぽい婦人だった・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ もう疾に、余所の歴きとした奥方だが、その私より年上の娘さんの頃、秋の山遊びをかねた茸狩に連立った。男、女たちも大勢だった。茸狩に綺羅は要らないが、山深く分入るのではない。重箱を持参で茣蓙に毛氈を敷くのだから、いずれも身ぎれいに装っ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・民やは政の所へ這入ってるナ。コラァさっさと掃除をやってしまえ。これからは政の読書の邪魔などしてはいけません。民やは年上の癖に……」 などと頻りに小言を云うけれど、その実母も民子をば非常に可愛がって居るのだから、一向に小言がきかない。私に・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・下の座敷から年上の子の泣き声が聞えた。つづいて年下の子が泣き出した。細君は急いで下りて行った。「あれやさかい厭になってしまう。親子四人の為めに僅かの給料で毎日々々こき使われ、帰って晩酌でも一杯思う時は、半分小児の守りや。養子の身はつらい・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・僕よりも少し年上だけに、不断はしッかりしたところのある女だが、結婚の席へ出た時の妻を思えば、一、二杯の祝盃に顔が赤くなって、その場にいたたまらなくなったほどの可愛らしい花嫁であった。僕は、今、目の前にその昔の妻のおもかげを見ていた。 そ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・するといちばん年上の娘が、その金庫の方に歩いていって、そのとびらを開けました。そして中から、たくさんの金貨を盛った箱を、父親のねているまくらもとに持ってきました。父親はなにかいっていましたが、やがて半分ばかり床の中から体を起こして、やせた手・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・と、昔の子供はいいました。 口笛を上手に吹く彼は、山の方へはいっていきました。そして、どこからか、一羽の珍しい鳥を捕まえてきました。「なんという鳥ですか。」と、年上の若者がきくと、「どうか、あほう鳥という名をつけておいてください・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・女の方が年上だなと思いながら、宿帳を番頭にかえした。「蜘蛛がいるね」「へえ?」 番頭は見上げて、いますねと気のない声で言った。そしてべつだん捕えようとも、追おうともせず、お休みと出て行った。 私はぽつねんと坐って、蜘蛛の跫音・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫