・・・ 道太は嫂たちが騒ぐのに対する「弁解だな」と思った。「ただあの人はああいう人ですから、どこでも知っているんですわ。それに妓たちにもてる方や。今は男ぶりもちょっと悪るなったけれど。若いとき綺麗な人は、年取ると変になるものや。でもなかな・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・しかし自分は無論己れを一世の大詩人に比して弁解しようというのではない。唯晩年には Sagesse の如き懺悔の詩を書いた人にも或時はかかる事実があったものかと不思議に感じた事を語るに過ぎぬのである。 私は毎年の暑中休暇を東京に送り馴れた・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ 学士会院が栄誉ある多数の学者中より今年はまず木村氏だけを選んで、他は年々順次に表彰するという意を当初から持っているのだと弁解するならば、木村氏を表彰すると同時に、その主意が一般に知れ渡るように取り計うのが学者の用意というものであろう。・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・時の未亡人即ち今日の内君にして、禍源は一男子の悪徳に由来すること明々白々なれば、苟も内を治むる内君にして夫の不行跡を制止すること能わざるは、自身固有の権利を放棄して其天職を空うする者なりと言わるゝも、弁解の辞はある可らず。嫉妬云々の俗評を憚・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・どうだ、弁解のことばがあるか。」 清作はもちろん弁解のことばなどはありませんでしたし、面倒臭くなったら喧嘩してやろうとおもって、いきなり空を向いて咽喉いっぱい、「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン。」とどなりました。するとそのせ高の・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・そして熱心に弁解的説明をした。「相談しなかったのはあやまるよ。然し、本当に五月蠅い気の揉める婆じゃないか」 彼は、さっきれんが一年にたった一度のクリスマスと云った口調を、その節まで思い出してむっとした。「僕やお前が若いと思ってち・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・』 かれは十分弁解した、かれは信ぜられなかった。 かれはマランダンと立ち合わされた。マランダンはどこまでも自分の証拠をあげて主張した。かれらは一時間ばかりの間、言い争った。アウシュコルンは自分で願って身躰の検査を求めた。手帳らしきも・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・木村の詞は謙遜のようにも聞え、弁解のようにも聞えた。「そうすると文学の本に発売禁止を食わせるのは影を捉えるようなもので、駄目なのだろうかね。」 木村が犬塚の顔を見る目はちょいと光った。木村は今云ったような犬塚の詞を聞く度に、鳥さしが・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・ 佐藤春夫氏は極力作者に代って弁解されたが、あの氏の弁明は要するに弁明であって、自然はそんなことを赦すはずがないと思う。次ぎの『顔世』はあのような失敗の作である。もし佐藤氏の弁明が弁明でないなら、自作の顔世があのようなおどけた失敗はする・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ この際このことを言うのはやや自己弁解に類する。しかし私はそう信じている。 今度の世界戦争は恐らく Menschheit の向上に何ら貢献するところがないだろう。物質主義はますます勢力を得るに相違ない。しかし断然たる反動は必ず起こら・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫