・・・その証拠には自分の如く平生好んで悪辣な弁舌を弄する人間でも、菊池と或問題を論じ合うと、その議論に勝った時でさえ、どうもこっちの云い分に空疎な所があるような気がして、一向勝ち映えのある心もちになれない。ましてこっちが負けた時は、ものゝ分った伯・・・ 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
・・・ 容貌甚だ憔悴し、全身黒み痩せて、爪長く髯短し、ただこれのみならむには、一般乞食と変わらざれども、一度その鼻を見る時は、誰人といえども、造化の奇を弄するも、また甚だしきに、驚かざるを得ざるなり。鼻は大にして高く、しかも幅広に膨れたり。そ・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・要旨を掻摘むと、およそ弁論の雄というは無用の饒舌を弄する謂ではない、鴎外は無用の雑談冗弁をこそ好まないが、かつてザクセンの建築学会で日本家屋論を講演した事がある、邦人にして独逸語を以て独逸人の前で演説したのは余を以て嚆矢とすというような論鋒・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・これは実際存在することであり、資本家は、それらの裏切者を手なずけるために、間接、直接に、あらゆる手段を弄するのである。 彼等に買収された労働者は、もう吾々の味方ではない。それは、ブルジョアジーの手先である。その物の考え方は、もうプロレタ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・すべてに困じ果てきりきり舞いをはじめるような、そんな工合いの気持ちのことだと思うのですが、もしそれだったら、自意識過剰というものは、実にもう、七転八倒の苦しみであって、馬場みたいにあんな出鱈目な饒舌を弄することは勿論できない筈だし、――だい・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ われわれ素人の楽器を弄するのは、云わば、楽譜の中から切れ切れの音を拾い出しては楽器にこすりつけ、たたきつけているようなもので、これは問題にならない。しかし相当な音楽家と云われる人の演奏でも、どうもただ楽器から美しい旋律や和絃を引出して・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・格式に拘泥しない自由な行き方の誹諧であるのか、機知頓才を弄するのが滑稽であるのか、あるいは有心無心の無心がそうであるのか、なかなか容易には捕捉し難いように見える。しかしもし大胆なる想像を許さるれば、古の連歌俳諧に遊んだ人々には、誹諧の声だけ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・現在科学の極限を見極めずして徒らに奇説を弄するは白昼提灯を照らして街頭に叱呼する盲者の亜類である。方則を疑う前には先ずこれを熟知し適用の限界を窮めなければならぬ。その上で疑う事は止むを得ない。疑って活路を求めるには想像の翼を鼓するの外はない・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・一天張りのきわめて単調なるものとなり了りて、ただ時に檀林一派及び鬼貫らの奇を弄するあるのみ。この際に当りて蕪村は句法の上に種々工夫を試み、あるいは漢詩的に、あるいは古文的に、古人のいまだかつて作らざりしものを数多造り出せり。春雨やい・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・彼は経験上こんな雄弁を弄する度に、誰か相手になってくれる。少くも一言くらい何とか言ってくれる。そうすれば、水の流が石に触れて激するように、弁論に張合が出て来る。相手も雄弁を弄することになれば、旗鼓相当って、彼の心が飽き足るであろう。彼は石田・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫