・・・ 門外の道は、弓形に一条、ほのぼのと白く、比企ヶ谷の山から由井ヶ浜の磯際まで、斜に鵲の橋を渡したよう也。 ハヤ浪の音が聞えて来た。 浜の方へ五六間進むと、土橋が一架、並の小さなのだけれども、滑川に架ったのだの、長谷の行合橋だのと・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・「三四尺の火尾を曳いて弓形に登り、わが散兵線上に数個破裂した時などは、青白い光が広がって昼の様であった。それに照らされては、隠れる陰がない。おまけに、そこから敵の砲塁までは小川もなく、樹木もなく、あった畑の黍は、敵が旅順要塞に退却の際、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・近頃は、弓形になった橋の傾斜が苦痛でならない。疲れているのだ。一つ会社に十何年間かこつこつと勤め、しかも地位があがらず、依然として平社員のままでいる人にあり勝ちな疲労がしばしばだった。橋の上を通る男女や荷馬車を、浮かぬ顔して見ているのだ。・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・白く輝いた蜘蛛の糸が弓形に膨らんで幾条も幾条も流れてゆく。昆虫。昆虫。初冬といっても彼らの活動は空に織るようである。日光が樫の梢に染まりはじめる。するとその梢からは白い水蒸気のようなものが立ち騰る。霜が溶けるのだろうか。溶けた霜が蒸発するの・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・汚れ煤けたガラスに吸い付いたように細長いからだを弓形に曲げたまま身じろきもせぬ。気味悪く真白な腹を照らされてさながら水のような光の中に浮いている。銀の雨はこの前をかすめて芭蕉の背をたたく。立止って気をつけて見ると、頭に突き出た大きな眼は、怪・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・二、三十年前の風流才子は南国風なあの石の柱と軒の弓形とがその蔭なる江戸生粋の格子戸と御神燈とに対して、如何に不思議な新しい調和を作り出したかを必ず知っていた事であろう。 明治の初年は一方において西洋文明を丁寧に輸入し綺麗に模倣し正直に工・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・その高低を線で示せば平たい直線では無理なので、やはり幾分か勾配のついた弧線すなわち弓形の曲線で示さなければならなくなる。こんなに説明するとかえって込み入ってむずかしくなるかも知れませんが、学者は分った事を分りにくく言うもので、素人は分らない・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・広い弓形の窓をとり、勿論洋風で、周囲にがっしりした木組みの書棚。壁は暗緑色の壁紙、天井壁の上部は純白、入口は小さくし、一歩其中に踏入ると、静かな光線や、落付いた家具の感じが、すっかり心を鎮め、大きく広い机の上の原稿紙が、自ら心を牽きつけ招く・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
出典:青空文庫