・・・全部が地下百尺の七層街になっていたとしたら、また敵にねらわれそうなあらゆる公共設備や工場地帯が全部地下に安置されており、その上に各区の諸所に適当な広さの地下街が配置されていたとしたら、敵の空軍はさぞや張り合いのないことであろうし、市民の大部・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・出品者に取っておそらくこれほど残念な張合いのない事はあるまいと思う。こういう批評は恐ろしく無責任な冷酷なものとして神経過敏な出品者の不快な反感を買うかもしれない。しかしこの種の批評は必ずしも無責任とは云えない、ただ当然な事実の正直な告白に過・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・けれども学校へ行っても何だか張合いがなかった。一年生はまだはいらないし三年生は居ない。居ないのでないもうこっちが三年生なのだが、あの挨拶を待ってそっと横眼で威張っている卑怯な上級生が居ないのだ。そこで何だか今まで頭をぶっつけた低い天井裏が無・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・世俗な勝気や負けん気の女のひとは相当あるのだけれども、勝気とか負けん気とかいうものは、いつも相手があってそれとの張り合いの上でのことで、その女らしい脆さで裏づけされたつよさは、女のひとのよさよりもわるさを助長しているのがこれまでのありようで・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・御殿へ出て、はじめてクリスチナの身分がわかり、結婚をする気でいた野心家の貴族との張り合い、その他所謂映画らしい、いきさつがあって、クリスチナが到頭退位してそのスペインの男が帰国する船へかけつけると、当の対手は敵役に決闘をしかけられ既に瀕死。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・これまで、文筆活動の表現においては反撥の態度をとったにしろ、或は一定の範囲での同感を示したにしろ、何らかの意味で彼等にとっても一つの社会的刺戟、張り合いとなり、新たな社会への道と新たな文学発生の可能性とを感じさせていたプロレタリア文学運動の・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・騎士物語の中には、夫である一人の騎士が、友達との張合いから、妻の貞操を賭物として、破廉恥な友人の道徳的なテストに可憐な妻をさらす物語が少くない。中世の女性達は女としての奇智の限りを尽して、非道な奪掠者と闘った。そして自分の愛の純潔と夫への忠・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫