・・・列のかしらは軍装したる国王、紅衣のマイニンゲン夫人をひき、つづいて黄絹の裙引衣を召したる妃にならびしはマイニンゲンの公子なりき。わずかに五十対ばかりの列めぐりおわるとき、妃は冠のしるしつきたる椅子に倚りて、公使の夫人たちをそばにおらせたまえ・・・ 森鴎外 「文づかい」
一 ナポレオン・ボナパルトの腹は、チュイレリーの観台の上で、折からの虹と対戦するかのように張り合っていた。その剛壮な腹の頂点では、コルシカ産の瑪瑙の釦が巴里の半景を歪ませながら、幽かに妃の指紋のために曇っていた。 ネー将軍は・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・首なき母親に哺育せられた新王は、この慈悲深い母妃への愛慕のあまりに、母妃の蘇りに努力し、ついにそれに成功するのである。そうして日本へ飛来する時には母妃をも伴なってくる。だから首なくしてなおその乳房で嬰児を養っていた妃が熊野の権現となるのであ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫