・・・丁度、その時、御会席で御膳が出たので、暫くはいろいろな話で賑やかだったが、中洲の大将は、房さんの年をとったのに、よくよく驚いたと見えて、「ああも変るものかね、辻番の老爺のようになっちゃあ、房さんもおしまいだ。」「いつか、あなたがおっ・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ それでは御膳にしてあげましょうか。 そうしましょうかね。 それでははじめから、そうしてあげるのだったんですが、手はなし、こうやって小児に世話が焼けますのに、入相で忙しいもんですから。……あの、茄子のつき加減なのがありますから、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・しかし、ちょうど使のものもあります、お恥かしい御膳ですが、あとから持たせて差上げます。撫子 あの、赤の御飯を添えまして。七左 過分でござる。お言葉に従いますわ。時に久しぶりで、ちょっと、おふくろ様に御挨拶を申したい。村越 仏壇が・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・はい、御膳。」「洒落かい、いよ柏屋の姉さん、本当に名を聞かせておくれよ。」「手前は柏屋でございます。」「お前の名を問うのだよ。」「手前は柏屋でございます。」 と上手に御飯を装いながら、ぽたぽた愛嬌を溢しますよ。 ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・僕も承知しているのだ、今御膳会議で二人の噂が如何に盛んであったか。 宵祭ではあり十三夜ではあるので、家中表座敷へ揃うた時、母も奥から起きてきた。母は一通り二人の余り遅かったことを咎めて深くは言わなかったけれど、常とは全く違っていた。何か・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ないので、先ず此処で数えて見れば、腰高が大神宮様へ二つ、お仏器が荒神様へ一つ、鬼子母神様と摩利支天様とへ各一つ宛、御祖師様へ五つ、家廟へは日によって違うが、それだけは毎日欠かさず御茶を供えて、そらから御膳をあげるので、まだ此上に先祖代々の忌・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 御膳が出て御馳走が色々並んでも綺麗な色取りを第一にしたお正月料理は結局見るだけのものである。 二、三軒廻って吸物の汁だけ吸うのでも、胸がいっぱいになってしまう。そうして新玉の春の空の光がひどく憂鬱に見えるのである。 子供の時分・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・先生の方で全部装置をしてやって、生徒はただ先生の注意する結果だけに注意しそれ以外にどんな現象があっても黙っているようなやり方では、効力が少ないのみならず、むしろ有害になる虞がある。御膳を出してやって、その上に箸で口へ持ち込んでやって丸呑みに・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・と、お梅は立ち上りながら、「御膳はお後で、皆さんと御一しょですね。もすこししてからまた参ります」と、次の間へ行ッた。 誰が覗いていたのか、障子をぴしゃりと外から閉てた者がある。「あら、誰か覗いてたよ」と、お梅が急いで障子を開けると、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・「旦那さん。御膳が出来ましたが。」 婆あさんに呼ばれて、石田は朝飯を食いに座敷へ戻った。給仕をしながら婆あさんが、南裏の上さんは評判の悪者で、誰も相手にならないのだというような意味の事を話した。石田はなるたけ鳥を伏籠に伏せて置くよう・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫