・・・向うが生身の人なら、語をかけるとか、眼で心意気を知らせるとか出来るんですが、そんな事をしたって、写真じゃね。」おまけに活動写真なんだ。肌身はなさずとも、行かなかった訳さ。「思い思われるって云いますがね。思われない人だって、思われるようにはし・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・……だが……心意気があるなら、鼻紙を引裂いて、行燈の火を燃して取って、長羅宇でつけてくれるか。」 と中腰に立って、煙管を突込む、雁首が、ぼっと大きく映ったが、吸取るように、ばったりと紙になる。「消した、お前さん。」 内証で舌打。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・お繁さんは十人並以上の美人ではないけれど、顔も姿もきりりとした関東式の女で、心意気も顔、姿の通りに快濶な爽かな人であった。こう考えてくるとお繁さんの活々とした風采が明かに眼に浮ぶ。 土地の名物白絣の上布に、お母さんのお古だという藍鼠の緞・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 何に話がうまいって、どうして話どころでなかった、積っても見ろ、姪子甥子の心意気を汲んでみろ、其餅のまずかろう筈があるめい、山百合は花のある時が一番味がえいのだそうだ、利助は、次手があるからって、百合餅の重箱と鎌とを持っておれを広福寺の・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・れを、おそらく宵から雪に吹かれて立ち詰めだった坂田が未練もみせずに飲み残すのはどうしたことか、珈琲というものは、二口、三口啜ってあと残すものだという、誰かにきいた田舎者じみた野暮な伊達をいまだに忘れぬ心意気からだろうと思い当ると、松本は感心・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ もちろん、おかみさんのその心意気を、ありがたく、うれしく思わぬわけではないのですが、しかしまた、胸底に於いていささか閉口の気もありました。 人道。 私は、お礼の言葉に窮しました。思案のあげく、私のいま持っているもので一ばん大事・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・今夜は、どうも、他に話題も無いし、せっかくおいで下さったのになんのおかまいも出来ず、これでは余り殺風景ですから、窮した揚句の果に、こんなものを持ち出したのですから、そこのところは貧者一燈の心意気にめんじて、面白くもないだろうけれど見てやって・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・ 今月は、それこそ一般概論の、しかもただぷんぷん怒った八ツ当りみたいな文章になったけれども、これは、まず自分の心意気を示し、この次からの馬鹿学者、馬鹿文豪に、いちいち妙なことを申上げるその前奏曲と思っていただく。 私の小説の読者に言・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・牛の脚の肉などよりは、直接、舌のほうに効目があろうという心意気らしい。驚くべきことは、このごろ、めきめき彼女の舌は長くなり、Lの発音も西洋人のそれとほとんど変らなくなったという現象である。これは、私も又聞で直接に、その勇敢な女生徒にお目にか・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・たったいま己の頬をパンパンパンと三つも殴った男の入歯が見つかったとて、邪念無くしんから喜んで下さる老画伯の心意気の程が、老生には何にもまして嬉しく有難く、入歯なんかどうでもいいというような気持にさえ相成り、然れども入歯もまた見つかってわるい・・・ 太宰治 「花吹雪」
出典:青空文庫