・・・しかし僕を驚かせたのはトックの幽霊の写真よりもトックの幽霊に関する記事、――ことにトックの幽霊に関する心霊学協会の報告です。僕はかなり逐語的にその報告を訳しておきましたから、下に大略を掲げることにしましょう。ただし括弧の中にあるのは僕自身の・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・が嫌う者にして来世問題の如きはない、殊に来世に於ける神の裁判と聞ては彼等が忌み嫌って止まざる所である、故に彼等は聖書を解釈するに方て成るべく之れを倫理的に解釈せんとする、来世に関する聖書の記事は之れを心霊化せんとする、「心の貧しき者は福なり・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・実にこの天地に於けるこの我ちょうものの如何にも不思議なることを痛感して自然に発したる心霊の叫である。この問その物が心霊の真面目なる声である。これを嘲るのはその心霊の麻痺を白状するのである。僕の願は寧ろ、どうにかしてこの問を心から発したいので・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・否、一月に一度ぐらいは引き出されて瞥見された事もあったろう、しかし要するに瞥見たるに過ぎない、かつて自分の眼光を射て心霊の底深く徹した一句一節は空しく赤い線青い棒で標点けられてあるばかりもはや自分を動かす力は消え果てていた。今さらその理由を・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・今後の心霊学的研究の謙遜な課題として残しておくよりない。しかし日蓮という一個の性格の伝記的な風貌の特色としては興趣わくが如きものである。 八 身延の隠棲 日蓮の最後の極諫もついに聞かれなかった。このとき日蓮の心中には・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・しかし精神の力、心霊の感化力で訴えられると男子は兜をぬがずにはいられない。それでもなお女性をふみにじる者は獣だ野蛮人だ。そういう者は男性の間で軽蔑せられ、淘汰されて滅びて行く。 だから女性の人生における受持は、その天賦の霊性をもって、人・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・三角形の幾何学的性質を究めるには紙上の一小三角形で沢山であるように、心霊上の事実に対しては英雄豪傑も匹夫匹婦と同一である。ただ眼は眼を見ることはできず、山にある者は山の全体を知ることはできぬ。此智此徳の間に頭出頭没する者は此智此徳を知ること・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・そんなこみ入った心霊的技巧がいらないほど、生命が終る途端まで互の結びつきは充実していて、云わば死んでも死なぬ有様なのだから。すべて充実したもの、生粋なるもの、自然力でもそういう発現をする場合、常にどっちかというと単純なような形であらわれ、し・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・祖父は井上円了の心霊学に反対して立会演説などをやったらしいが、祖父の留守の夜の茶の間では、祖母が三味線をひいて「こっくりさん」を踊らしたりした。夫婦生活としてみれば、血の気が多く生れついた美人の祖母にとって、学者で病弱で、しかも努力家であっ・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・ ロシアの一九〇七年反動時代に、インテリゲンチアの間にどんな盛んな勢で心霊問題がとりあげられただろう!「ゼーロン」を書いてロマン主義へ逃げ込んだ牧野信一にしろ、この「抒情歌」の作者にしろ、ブルジョア・インテリゲンチアが政治的危機にお・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫