・・・とにかく私はこの短い応答の間に、彼等二人の平生が稲妻のように閃くのを、感じない訳には行かなかったのです。今思えばあれは私にとって、三浦の生涯の悲劇に立ち合った最初の幕開きだったのですが、当時は勿論私にしても、ほんの不安の影ばかりが際どく頭を・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・見舞の手紙見舞の人、一々応答するのも一仕事である。水の家にも一日に数回見廻ることもある。夜は疲労して座に堪えなくなる。朝起きては、身の内の各部に疼痛倦怠を覚え、その業に堪え難き思いがするものの、常よりも快美に進む食事を取りつつひとたび草鞋を・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ら二三間離れた大きな岩のわずかに裂け開けているその間に身を隠して、見咎められまいと潜んでいると、ちょうど前に我が休んだあたりのところへ腰を下して憩んだらしくて、そして話をしているのは全く叔父で、それに応答えをしているのは平生叔父の手下になっ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・越えてこの土地ばかりへも二度の引眉毛またかと言わるる大吉の目に入りおふさぎでござりまするのとやにわに打ちこまれて俊雄は縮み上り誠恐誠惶詞なきを同伴の男が助け上げ今日観た芝居咄を座興とするに俊雄も少々の応答えが出来夜深くならぬ間と心むずつけど・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・私は女房に、どんな応答をしたらいいのか。私はおまえを愛していない。けれども、それは素知らぬ振りして、一生おまえとは離れまい決心だった。平和に一緒に暮して行ける確信が私に在ったのだが、もう、今は、だめかも知れない。決闘なんて、なんという無智な・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ その辺の応答までは、まず上出来の部類なのであるが、あと、だんだんいけなくなる。しどろもどろになるのである。「どう思います、このごろの他の人の小説を、どう思います。」と問われて、私は、ひどくまごつく。敢然たる言葉を私は、何も持ってい・・・ 太宰治 「鴎」
・・・アグリパイナは、産後のやつれた頬に冷い微笑を浮べて応答した。この子は、あなたのお子ではございませぬ。この子は、きっとヒッポの子です。 その、ヒッポの子、ネロが三歳の春を迎えて、ブラゼンバートは石榴を種子ごと食って、激烈の腹痛に襲われ、呻・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ことさらに上品ぶって、そんな質問をするのなら、僕にも応答の仕様がある。けれども、その声は、全く本心からの純粋な驚きの声なのだから、僕は、まいった。なりあがり者の「流行作家」は、箸とおわんを持ったまま、うなだれて、何も言えない。涙が沸いて出た・・・ 太宰治 「水仙」
・・・はい、はい、と素直に応答するその見知らぬ女の少し笑いを含んだ声が、酔った笠井さんの耳に、とても爽かに響くのだ。 ゆきさんが、ビイルを持ってやって来た。「芸者衆を呼ぶんですって? およしなさいよ。つまらない。」「誰も来やしない。」・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 若い男の、いや、ほとんど少年らしいひとの、いやみのない応答である。「ちょっと一眠りしましょうよ。何時ですか?」と女。「三時、十三、いや、四分です。」「そう? その時計は、こんな、まっくら闇の中でも見えるの?」「見えるん・・・ 太宰治 「母」
出典:青空文庫