・・・来年は七十だというのにこの癖はまだ消え去らず、事に会えば忽ち再発するらしい。雀百まで躍るとかいう諺も思合されて笑うべきかぎりである。 かつて東京にいたころ、市内の細流溝渠について知るところの多かったのも、けだしこの習癖のためであろう。こ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・と女の顔には忽ち紅落ちて、冠の星はきらきらと震う。男も何事か心躁ぐ様にて、ゆうべ見しという夢を、女に物語らする。「薔薇咲く日なり。白き薔薇と、赤き薔薇と、黄なる薔薇の間に臥したるは君とわれのみ。楽しき日は落ちて、楽しき夕幕の薄明りの、尽・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・私は少し前まで、高校で一緒にいた同窓生と、忽ちかけ離れた待遇の下に置かれるようになったので、少からず感傷的な私の心を傷つけられた。三年の間を、隅の方に小さくなって過した。しかしまた一方には何事にも促らわれず、自由に自分の好む勉強ができるので・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・姻契約の重きを知らず、随て婦人の権利を知らず、恰も之を男子手中の物として、要は唯服従の一事なるが故に、其服従の極、男子の婬乱獣行をも軽々に看過せしめんとして、苟も婦人の権利を主張せんとするものあれば、忽ち嫉妬の二字を持出して之を威嚇し之を制・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・僕の魂の生み出した真珠のような未成品の感情を君は取て手遊にして空中に擲ったのだ。忽ち親み、忽ち疎ずるのが君の習で、咬み合せた歯をめったに開かず、真心を人の腹中に置くのが僕の性分であった。不遠慮に何にでも手を触れるのが君の流儀で、口から出かか・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・写生でさえやれば何でも画けぬ事はないはずだ、というので忽ち大天狗になって、今度は、自分の左の手に柿を握って居る処を写生した。柿は親指と人さし指との間から見えて居る処で、これを画きあげるのは非常の苦辛であった。そこへ虚子が来たからこの画を得意・・・ 正岡子規 「画」
・・・そして、楢夫は、忽ち山男の手で受け留められて、草原におろされました。その草原は楢夫のうちの前の草原でした。栗の木があって、たしかに三つの猿のこしかけがついていました。そして誰も居ません。もう夜です。「楢夫。ごはんです。楢夫。」とうちの中・・・ 宮沢賢治 「さるのこしかけ」
・・・女はどうも髪が長くて、智慧が短いと辛辣めかして云うならば、その言葉は、社会の封建性という壁に反響して、忽ち男は智慧が短かく、髪さえ短かい、と木魂して来る性質のものであると、民主社会では諒解されているのである。 本誌の、この号には食糧問題・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・この文壇の人々と予とは、あるいは全く接触点を闕いでいる、あるいは些の触接点があるとしても、ただ行路の人が彼往き我来る間に、忽ち相顧みてまた忽ち相忘るるが如きに過ぎない。我は彼に求むる所がなく、彼もまた我に求むる所がない。縦いまた樗牛と予との・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・感覚の消滅したがごとき認識活動はその自らなる力なき形式的法則性故に、忽ち文学活動に於ては圧倒されるにちがいない。何ぜなら、感覚は要約すれば精神の爆発した形容であるからだ。 自分は茲では文学的表示としての新しき感覚活動が、文化形式との関係・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫