・・・人間が人間を生かし殺す力の媒介物たる金銭というものの魔術性をあらわにし、それが近代社会を支配する大怪物として蓄積されてゆく過程を明らかにして、人間性の勝利の実質、生産する者が生産を掌握することの自然さを示した社会科学者たちの業績と、それを実・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・権力の諸関係の本質と相通じて、怪物的である。そして、現代における大きい典型の再発見の妙味は、それが、ルネッサンスの世界、バルザックの世界にあるように、怪物同士、典型間の力の不均衡と矛盾を通してだけ見られているのではないという点である。頭をあ・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・そして、ストラスナーヤ僧院の城砦風な正面外壁へ、シルク・ハットをかぶった怪物的キャピタリストに五色の手綱で操縦される法王と天使と僧侶との諷刺人形をつり上げ、ステッキをついた外国の散歩者の目をみはらせればよい。――ところで、 一寸、――こ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・その、かのようにと云う怪物の正体も、少し見え掛っては来たが、まあ、茶でももう一杯飲んで考えて見なくては、はっきりしないね。」「もうぬるくなっただろう。」「なに。好いよ。雪と云う、証拠立てられる事実が間へ這入って来ると、考えがこんがら・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・一歩を進めて言えば、古風な人には、西遊記の怪物の住みそうな家とも見え、現代的な人には、マアテルリンクの戯曲にありそうな家とも思われるだろう。 二月十七日の晩であった。奥の八畳の座敷に、二人の客があって、酒酣になっている。座敷は極めて殺風・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・ 改まって主人に暇乞をしなくてはならないような席でもなし、集まった客の中には、外に知人もなかったのを幸に、僕は黙って起って、舟から出るとき取り換えられた、歯の斜に耗らされた古下駄を穿いて、ぶらりとこの怪物屋敷を出た。少し目の慣れるまで、歩き・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・鎮まり返った夜の宮殿の一隅から、薄紅の地図のような怪物が口を開けて黙々と進んで来た。「陛下、お待ちなされませ、陛下」 彼女は空虚の空間を押しつけるように両手を上げた。「陛下、暫くでございます。侍医をお呼びいたします」 ナポレ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ 三 今は、彼の妻は、ただ生死の間を転っている一疋の怪物だった。あの激しい熱情をもって彼を愛した妻は、いつの間にか尽く彼の前から消え失せてしまっていた。そうして、彼は? あの激しい情熱をもって妻を愛した彼は、今は・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・薄明かりの坂路から怪物のように現われて来る逞しい牛の姿、前景に群がれる小さき雑草、頂上を黄橙色に照らされた土坡、――それらの形象を描くために用いた荒々しい筆使いと暗紫の強い色調とは、果たして「力強い」と呼ばるべきものだろうか。また自然への肉・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・そうしてこの恐ろしい悲惨な戦争を起こした少数の怪物たちを、共通の敵として憎むことに同意する。 ここでばかばかしく無意義に見えた現戦争が、文化史的に非常に重大な意義を獲得する事になる。すなわち文芸復興期以後二十世紀まで続いて来た自然科学と・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫