・・・または極局身後の不名誉の苦痛というようなものを想像して自分が死ぬることもある。所詮同情の底にも自己はあるように思われてならない。こんな風で同情道徳の色彩も変ってしまった。 さらに一つは、義務とか理想とかのために、人間が機械となる場合があ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・びっくりしたのと、無理に歩いて来たのとで、きゅうに産気づいて苦しんでいる妊婦もあり、だれよだれよと半狂乱で家族の人をさがしまわっているものがあるなどその混乱といたましさとは、じっさい想像にあまるくらいでした。多くの人は火の中をくぐって来ての・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・此をお読みになる時は、熱い印度の、色の黒い瘠せぎすな人達が、男は白いものを着、女は桃色や水色の薄ものを着て、茂った樹かげの村に暮している様子を想像して下さい。 女の子が、スバシニと云う名を与えられた時、誰が、彼女の唖なことを思い・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・長兄の尊敬しているイプセン先生の顔である。長兄の想像力は、このように他愛がない。やはり、蛇足の感があった。 これで物語が、すんだのであるが、すんだ、とたんに、また、かれらは、一層すごく、退屈した。ひとつの、ささやかな興奮のあとに来る、倦・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 修羅の巷が想像される。炸弾の壮観も眼前に浮かぶ。けれど七、八里を隔てたこの満洲の野は、さびしい秋風が夕日を吹いているばかり、大軍の潮のごとく過ぎ去った村の平和はいつもに異ならぬ。 「今度の戦争は大きいだろう」 「そうさ」 ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ヴェンの作品でも大きなシンフォニーなどより、むしろカンマームジークの類を好むという事や、ショパン、シューマンその他浪漫派の作者や、またワグナーその他の楽劇にあまり同情しない事なども、何となく彼の面目を想像させる。 絵画には全く無関心だそ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ もっと快活な女であったように、私は想像していた。もちろん憂鬱ではなかったけれど、若い女のもっている自由な感情は、いくらか虐げられているらしく見えた。姙娠という生理的の原因もあったかもしれなかった。 桂三郎は静かな落ち着いた青年であ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・て、ちょっと隣へ往くにも関所があり、税関があり、人間と人間の間には階級があり格式があり分限があり、法度でしばって、習慣で固めて、いやしくも新しいものは皆禁制、新しい事をするものは皆謀叛人であった時代を想像して御覧なさい。実にたまったものでは・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・地図で習ったことを思いだすが、太平洋がどれくらい広くて、ハワイという島がどれくらい大きいのか想像つかないからだった。「どうして日本に戻ってきたの?」「日本語を勉強するためにさ」「ヘェ、じゃハワイでは何語を教わっていたんだい」・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ 逢うごとにいつもその悠然たる貴族的態度の美と洗錬された江戸風の性行とが、そぞろに蔵前の旦那衆を想像せしむる我が敬愛する下町の俳人某子の邸宅は、団十郎の旧宅とその広大なる庭園を隣り合せにしている。高い土塀と深い植込とに電車の響も自ずと遠・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫