・・・ 少年は、心の中で、顔つきにも似ず心のやさしい乞食だと思って、あばた面の男に感謝していました。 夜中のことであります。あばた面が少年を揺すり起こしました。そして、小さい声で、「おまえは、昨日どこでもらってきた。」とききました。少・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・ 博士の目は、たちまち、感謝にかがやきました。「それなら、大学の研究室へ寄付していただきましょう。ひじょうに、有益な研究資料となるのです。私が、多年探していたものが手に入って、うれしいのです。」 そして、博士は、なにかお礼をした・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・貰ったものだと感謝していたところ、こともあろうに、安二郎はそれを高利で貸したつもりでいたのだ。 豹一は毎朝新聞がはいると、飛びついて就職案内欄を見た。履歴書を十通ばかり書いたが、面会の通知の来たのは一つだけで、それは江戸堀にある三流新聞・・・ 織田作之助 「雨」
・・・今や誰に遠慮もなく髪の毛を伸ばせる時が来たわけだと、私はこの自由を天に感謝した。 ところが、間もなく変なことになった。既に事変下で、新体制運動が行われていたある日の新聞を見ると、政府は国民の頭髪の型を新体制型と称する何種類かの型に限定し・・・ 織田作之助 「髪」
・・・と岡本の言葉が未だ終らぬうち近藤は左の如く言った、それが全で演説口調、「イヤどうも面白い恋愛談を聴かされ我等一同感謝の至に堪えません、さりながらです、僕は岡本君の為めにその恋人の死を祝します、祝すというが不穏当ならば喜びます、ひそかに喜・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・僕は僕の少年の時代をいなかで過ごさしてくれた父母の好意を感謝せざるを得ない。もし僕が八歳の時父母とともに東京に出ていたならば、僕の今日はよほど違っていただろうと思う。少なくとも僕の知恵は今よりも進んでいたかわりに、僕の心はヲーズヲース一巻よ・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・日蓮は父母の恩、師の恩と並べて、国土の恩を一生涯実に感謝していた。これは一見封建的の古い思想のように見えるが決してそうでない。最近の運命共同体の思想はこれを新たに見直してきたのである。国土というものに対して活きた関心を持たぬのは、これまでの・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ いのちが有るだけでも感謝しなければならない。 そして、又、「アルファベット数えてしまえば、親爺や、お袋がいるところへ帰って行けるんかな。」そんなことを考えた。「俺等にも本当に恩給を呉れるんかな?」 そこで、一本の脚を失った・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・純粋な感謝の念の籠ったおじぎを一つボクリとして引退ってしまった。主人はもっと早く引退ってもよかったと思っていたらしく、客もまたあるいはそうなのか、細君が去ってしまうとかえって二人は解放されたような様子になった。「君のところへ呼びに行きは・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 最後にこの震災について諸外国からそそがれた大きな同情にたいしては、全日本人が深く感謝しなければなりません。米国はいち早く東洋艦隊を急派して、医療具、薬品等を横浜へはこんで来ました。なお数せきの御用船で食糧や、何千人を入れ得るテント病院・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
出典:青空文庫