・・・果然お君さんはほとんど徹夜をして、浪子夫人に与うべき慰問の手紙を作ったのであった。―― おれはこの挿話を書きながら、お君さんのサンティマンタリスムに微笑を禁じ得ないのは事実である。が、おれの微笑の中には、寸毫も悪意は含まれていない。お君・・・ 芥川竜之介 「葱」
講堂で、罹災民慰問会の開かれる日の午後。一年の丙組の教室をはいると、もう上原君と岩佐君とが、部屋のまん中へ机をすえて、何かせっせと書いていた。うつむいた上原君の顔が、窓からさす日の光で赤く見える。入口に近い机の上では、七条・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・「あのウ、失礼ですが、あなたはいつか僕らの隊へ、歌の慰問に来て下すった方ではないでしょうか」「はあ……?」 半分かしげた首で、すぐうなずいたが、急にぱっと眼を輝かせると、「あッ、高射砲陣地、想い出しましたわ。あなたは……」・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・二 慰問袋 壁の厚い、屋根の低い支那家屋は、内部はオンドル式になっていた。二十日間も風呂に這入らない兵士達が、高粱稈のアンペラの上に毛布を拡げ、そこで雑魚寝をした。ある夕方浜田は、四五人と一緒に、軍服をぬがずに、その毛布にご・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ ある夕方、彼等が占領地から営舎に帰ると、慰問袋と一緒に、手紙が配られてあった。「今年は、こちらだけでなく北海道も一帯にキキンという話だ、年貢をおさめて、あとにはワラも残らず……」和田はそれを読んでいた。と、そこへ伍長が、江原を呼び・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・彼は、内地から着いた手紙や、慰問袋を兵営から病院へ持ってきた。シベリアに居る者には、内地からの切手を貼った手紙を見るだけでもたのしみである。 一時間ばかり後、それを戦友に渡すと彼はアメリカ兵のように靴さきに気をつけながら、氷の丘を下って・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・まずしい慰問袋を作り、妻にそれを持たせて郵便局に行かせる。戦線から、ていねいな受取通知が来る。私はそれを読み、顔から火の発する思いである。恥ずかしさ。文字のとおりに「恐縮」である。私には、何もできぬのだ。私には、何一つ毅然たる言葉が無いのだ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・警備の巡査、兵士、それから新聞社、保険会社、宗教団体等の慰問隊の自動車、それから、なんの目的とも知れず流れ込むいろいろの人の行きかいを、美しい小春日が照らし出して何かお祭りでもあるのかという気もするのであった。今度の地震では近い所の都市が幸・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 今年四つになる男の児がいて、その児は河北の夜に倒れたものの又従弟とでもいうつづきあいにあたっている。慰問袋を女が三人あつまって拵えているわきでその児が見物していたが、やがて、それなんなの、ときいた。「アア坊知ってるだろう、ヤーホーじち・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・ 工場から、戦地慰問に特派された男女労働者の代表は、新聞に短い労働者通信をのせた。然しプロレタリア作家団体はどんな組織的活動もしなかった。赤軍文化教育部と、プロレタリア作家団体とはきっちり結び合っていなかった。工場がしたように、代表を送・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫