・・・ 二番目「新世帯案内」では見物がよく笑った。笑わせておいてちょっとしんみりさせる趣向である。これが近ごろのこうした喜劇の一つの定型として重宝がられるらしい。しかしたまには笑いっ放しに笑わせてしまうのもあってはどうかと思われた。食事時間前・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・十分やって行けるようにするからと云うんで、世帯道具や何や彼や大将の方から悉皆持ち込んで、漸くまあ婚礼がすんだ。秋山さんは間もなく中尉になる、大尉になる。出来もしたろうが、大将のお引立もあったんでさ。 そこへ戦争がおっ始まった。×××の方・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・辰之助の言うとおり、現在別に世帯をもっているおひろの妹と、他国へ出て師匠をしているお絹の次ぎの妹と、すべてで四人もの娘がありながら、家を人手に渡さねばならなかったほど、彼女たちの母子は、揃いも揃って商売気がなかった。「いいわいね、お金が・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・夫人がこの家を撰んだのは大に気に入ったものかほかに相当なのがなくてやむをえなんだのか、いずれにもせよこの煙突のごとく四角な家は年に三百五十円の家賃をもってこの新世帯の夫婦を迎えたのである。カーライルはこのクロムウェルのごときフレデリック大王・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・どうだい新世帯の味は。一戸を構えると自から主人らしい心持がするかね」と津田君は幽霊を研究するだけあって心理作用に立ち入った質問をする。「あんまり主人らしい心持もしないさ。やっぱり下宿の方が気楽でいいようだ。あれでも万事整頓していたら旦那・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・そのこれを軽蔑するとは、学理を妄談なりとして侮るに非ず、ただこれを手軽にみなして、いかなる俗世界の些末事に関しても、学理の入るべからざるところはあるべからずとの旨を主張し、内にありては人生の一身一家の世帯より、外に出ては人間の交際、工商の事・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・百姓の子が学問して後に立身するは、親の心にあくまでも望む所なれども、いかんせん、その子は今日家内の一人にして、これを手離すときはたちまち世帯の差支となりて、親子もろとも飢寒の難渋まぬかれ難し。これを下等の貧民幾百万戸一様の有様という。 ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・良人がいる生活の中では、男手一つにしろ何とかなるものが、女世帯となってますます男手がいるとき、そういう協力は自然にへってしまう。それは何と情けないことだろう。未亡人の生活になげられたのは、明朗な社会的な協力というよりも、親族的な配慮であり、・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・ 婦人の性の本来は生殖に重点をおかれているのであるから、社会労働は、常に男の補助の範囲であるのが自然であり、従って賃銀も、いわゆる世帯主としての負担のにない手である男よりやすいのが当然であるとする論者がある。こういう立場の論者は、男も女・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 石田は思い出したように、婆あさんにこう云うことを問うた。世帯を持つとき、桝を買った筈だが、別当はあれで麦を量りはしないかと云うのである。婆あさんは、別当の桝を使ったのは見たことがないと云った。石田は「そうか」と云って、ついと部屋に帰っ・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫