・・・「手伝いましょう。どんどんお書きになってください。僕がそれを片はしから清書いたしますから。」 井伏さんも、少し元気を取り戻したようで、握り飯など召し上りながら、原稿用紙の裏にこまかい字でくしゃくしゃと書く。私はそれを一字一字、別な原・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ 月島丸が沈没して、その捜索が問題となった時に、中村先生がいろいろの考案をされて、当時学生であったわれわれがお手伝いをして予備実験をやった。なんでも大きなラッパのようなものをこしらえて、それをあの池の水中に沈め、別の所へ、小さなボイラー・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・二円の利益は母親やきょうだいたちの手伝いもふくめてであるが、母親はなんでも倅の家出をおそれていた。「そりゃな、東京の金はとれやすいかも知らんが、入りやすい金は出やすいもんだよ。まして月々におくるという金は、なかなかのこっちゃない」 ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ この声の誰であるかを聞きわけて、唖々子は初めて安心したらしく、砂利の上に荷物を下したが、忽命令するような調子で、「手伝いたまえ。ばかに重い。」「何だ。」「質屋だ。盗み出した。」「そうか。えらい。」とわたしは手を拍った。・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・奥底のない打ち明けたお話をすると、当時の私はまあ肴屋が菓子家へ手伝いに行ったようなものでした。 一年の後私はとうとう田舎の中学へ赴任しました。それは伊予の松山にある中学校です。あなたがたは松山の中学と聞いてお笑いになるが、おおかた私の書・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・急がしったらなんの、こう忙しくなればささげのつるでもいいから手伝いに頼みたいもんだ。」 ブドリは思わず近寄っておじぎをしました。「そんならぼくを使ってくれませんか。」 すると二人は、ぎょっとしたように顔をあげて、あごに手をあてて・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・村では、子供でも養蚕の手伝いをした。彼女は、「私しゃ、気味がわるうござんしてね、そんな虫、大嫌さ」と、東京弁で断った。縫物も出来なかった。五月には、「お百姓なんて辛いもんだね、私にゃ半日辛棒もなりませんや」と、肩を動して笑っ・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・働いたものは血によごれている、小屋を焼く手伝いばかりしたものは、灰ばかりあびている。その灰ばかりあびた中に、畑十太夫がいた。光尚が声をかけた。「十太夫、そちの働きはどうじゃった」「はっ」と言ったぎり黙って伏していた。十太夫は大兵の臆・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・栖方は酒を注ぐ手伝いの知人の娘に軽い冗談を云ったとき、親しい応酬をしながらも、娘は二十一歳の博士の栖方の前では顔を赧らめ、立居に落ち付きを無くしていた。いつも両腕を組んだ主宰者の技師は、静かな額に徳望のある気品を湛えていて、ひとり和やかに沈・・・ 横光利一 「微笑」
・・・彼は銅色の足に礼をしたと同じ心持ちで、黒くすすけた農家の土間や農事の手伝いで日にやけた善良な農家の主婦たちに礼をしました。彼が親しみを感ずることができなかったのは、こういう村でもすでに見いだすことのできる曖昧宿で、夜の仕事のために昼寝をして・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫