・・・馬車追いをする位の農夫は農夫の中でも冒険的な気の荒い手合だった。彼らは顔にあたる焚火のほてりを手や足を挙げて防ぎながら、長雨につけこんで村に這入って来た博徒の群の噂をしていた。捲き上げようとして這入り込みながら散々手を焼いて駅亭から追い立て・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 寂然して溢れる計り坐ったり立ったりして居るのが皆んなかんかん虫の手合いである。其の間に白帽白衣の警官が立ち交って、戒め顔に佩劔を撫で廻して居る。舳に眼をやるとイフヒムが居た。とぐろを巻いた大繩の上に腰を下して、両手を後方で組み合せて、・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・あの手合はあんな事さえ云ってりゃ、飯が食えて行くんだと見えらあ。物の小半時も聞かされちゃ、噛み殺して居た欠伸の御葬いが鼻の孔から続け様に出やがらあな。業腹だから斯う云ってくれた――待てよ斯う云ったんだ。「旦那、お前さん手合は余り虫が宜過・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・あぶれた手合が欲しそうに見ちゃあ指をくわえるやつでね、そいつばッかりゃ塩を浴びせたって埒明きませぬじゃ、おッぽり出してしまわっせえよ。はい、」 といいかけて、行かむとしたる、山番の爺はわれらが庵を五六町隔てたる山寺の下に、小屋かけてただ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・兄夫婦は稲の出来ばえにほくほくして、若い手合いのいさくさなどに目は及ばない。暮れがたになってはさしもに大きな一まちの田も、きれいに刈り上げられて、稲は畔の限りに長く長城のごとくに組み立てられた。省作もおとよさんのおかげで這い回るほど疲れもせ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・岡村君、時代におくれるとか先んずるとか云って騒いでるのは、自覚も定見もない青臭い手合の云うことだよ」「青臭いか知らんが、新しい本少しなり読んでると、粽の趣味なんか解らないぜ」「そうだ、智識じゃ趣味は解らんのだから、新しい本を読んだと・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ おやじというのは、お袋とは違って、人のよさそうな、その代り甲斐性のなさそうな、いつもふところ手をして遊んでいればいいというような手合いらしい。男ッぷりがいいので、若い時は、お袋の方が惚れ込んで、自分のかせぎ高をみんな男の賭博の負けにつ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・議論みたようなことは、あれは新聞屋や雑誌屋の手合にまかせておくサ。僕等は直接に芸術の中に居るのだから、塀の落書などに身を入れて見ることは無いよ。なるほど火の芸術と君は云うが、最後の鋳るという一段だけが君の方は多いネ。ご覧に入れるには割が悪い・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・髪はこの手合にお定まりのようなお手製の櫛巻なれど、身だしなみを捨てぬに、小官吏の細君などが四銭の丸髷を二十日も保たせたるよりは遥に見よげなるも、どこかに一時は磨き立たる光の残れるが助をなせるなるべし。亭主の帰り来りしを見て急に立上り、「・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・屋根船屋形船は宵の中のもので、しかも左様いう船でも仕立てようという人は春でも秋でも花でも月でもかまうことは無い、酒だ妓だ花牌だみえだと魂を使われて居る手合が多いのだから、大川の夜景などを賞しそうにも無い訳だ。まして川霧の下を筏の火が淡く燃え・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
出典:青空文庫