・・・あるいはもう入院させても、手遅れなのではないかとも思った。しかしもとよりそんなことにこだわっているべき場合ではなかった。自分は早速Sさんに入院の運びを願うことにした。「じゃU病院にしましょう。近いだけでも便利ですから」Sさんはすすめられた茶・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・「あんなになるまで、医者にかけないという法はないのだが、もう手後れであるかもしれない。」 悲壮な気持ちで、門を入ろうとすると、内部からがやがや人声がきこえました。 一足前、近所の人たちが、倒れている老人を連れてきたのです。 ・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・お医者に見せましたけれども、もう手遅れだそうです。薬缶のお湯が、シュンシュン沸いている、あの音も聞えません。窓の外で、樹の枝が枯葉を散らしてゆれ動いておりますが、なんにも音が聞えません。もう、死ぬまで聞く事が出来ません。人の声も、地の底から・・・ 太宰治 「水仙」
・・・をよんでもわかるとおり、「ミッドウェイ洋上、五分間の手遅れが太平洋全海戦の運命を決した」と五分早かったらという調子で、海戦の状況がこまかく専門的に記されていることである。元海軍中将であるこの筆者は、その達筆な戦記のなかにきわめて効果的に自然・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・「何でも糖尿病と更年期に押しつけて置いて、ほんとに手後れにでもなったら大変よ」 昌太郎は、「うむ、うむ、いやその通りだ」と、頷いた。が、その手筈を決める決心はつかないらしかった。なほ子は、祖父の癌であったことからそれを気にし・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・食糧の計画的生産、計画的配給は日本では手後れに計画されて、しかも各生産部門における能率低下の原因と反比例する増産の必要に追立てられた。男手を失った農村の婦人達が、割当だけの供出量を生産して軍需を充たし、なお自分のところへ幾らかの余剰を残すた・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫