・・・それ所か、明い空気洋燈の光を囲んで、しばらく膳に向っている間に、彼の細君の溌剌たる才気は、すっかり私を敬服させてしまいました。俗に打てば響くと云うのは、恐らくあんな応対の仕振りの事を指すのでしょう。『奥さん、あなたのような方は実際日本より、・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ヒュネカのごとき活気盛んな壮年者もあれば、ブラウニング夫人のごとき才気当るべからざる婦人もいる。いずれも皆外国または内国の有名、無名の学者、詩人、議論家、創作家などである。そのいろんな人々が、また、その言うところ、論ずるところの類似点を求め・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・これが縁となって、正直と才気と綿密を見込まれて一層親しくしたが、或時、国の親類筋に亭主に死なれて困ってる家があるが入夫となって面倒を見てもらえまいかと頼まれた。喜兵衛は納得して幸手へ行き、若後家の入夫となって先夫の子を守育て、傾き掛った身代・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ブルジョア文化の一形態であったキリスト教婦人同盟の主宰者として活躍した葉子の母の、権力を愛し、主我的な生き方に対して自然の皮肉な競争者として現われた娘葉子が、少女時代から特殊な環境の中で驚くべき美貌と才気とを発揮させつつ、いつしか並はずれな・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ 宗之助の小町に、些も小野小町らしい大らかさも、才気もなく、始めから終りまで、妙にせっぱ詰った一筋声で我身を呪ったり、深草少将を憤ったりしたのは、頭が無さすぎた。 科白も始めの部分と終りの方とでは言葉使いが違っている。勿論台本がああ・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・が、その射すくめるようなしかも深い優しさのこもった灰色の目と、特徴のある表情的な口もとの様子などで、いかにも人目を引く才気煥発な教養高い十九歳の家庭教師となった時、そのZ家の長男カジミールとの間に結ばれた結婚の約束のその無邪気な若い二人の申・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・現代のインテリゲンツィア作家は、自分が現実にどういう反応を示しているかということについて、自身の才気の身振りや、饒舌の自己催眠に眩惑されないだけの神経の勁さと真摯な探求心を求められていると思う。 本年三月号の『文芸』で森山啓氏と伊藤整氏・・・ 宮本百合子 「数言の補足」
・・・のリュシアンは、高く低く波瀾は大きいにしろ、性格としてはありふれて凡俗な才気と野心と浮薄さと意志しかもっていない。しかし彼を翻弄した上流人の生活詐術、十九世紀の金力と結びつき権力と結びついた新聞人の無良心的な関係、手形交換に際して行われる金・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・そういう女たちは我儘で得手勝手で、名誉心が強く、一葉の才気を憎らしがってお嬢さんらしい図々しさで押しつける。それに対して一葉は憤慨しています。向島のお茶の席のような所に歌の会があって、きれいな着物を着て行った。――その頃はいまと違ってそうい・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・ 音楽も抜群であるし、絵をかかせればやはり目をひくだけの才気を示し、人の心の動きを理解する力も平凡ではないのに、桃子にはとことんの処へ行くとすらっと流れてしまうものがあった。一本気なところのなさが、桃子のいろいろの才能をも、つまりはちゃ・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫