・・・そこに取りついていれば、鬼は押えることができないというのでした。それから、はさみ無しの一人まけかちでじゃんけんをしました。 ところが悦治はひとりはさみを出したので、みんなにうんとはやされたほかに鬼になりました。悦治は、くちびるを紫いろに・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・(どうして僕ジョバンニは熱って痛いあたまを両手で押えるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談ジョバンニの眼はまた泪でいっ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・そこに取りついていれば、鬼は押えることができない。それから、はさみ無しの一人まけかちで、じゃんけんをした。ところが、悦治はひとりはさみを出したので、みんなにうんとはやされたほかに鬼になった。悦治は、唇を紫いろにして、河原を走って、喜作を押え・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・をのぞいて、一九三二年から一九四五年八月まで、進歩的な一人の婦人作家が自由な声をあげようとすると口を抑えられ、少し動こうとすると、すぐその自由を奪われている間々に、口を抑える指のすきから、辛うじて自由が身に戻っている僅かの時間に物語った物語・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)」
・・・ 翌朝、下六番町の邸に告別式に列し、焼香も終って、じっと白花につつまれた故人の写真を見たら、思わず涙にむせび、声を押えることが出来なかった。彼の温容が心を打ったこと、並、人生の切なさ、恐ろしさ、平凡の底に湛えた切迫さ、真剣さを、一時に感・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・ その不思議な感情を押えるために達が入って来た時栄蔵は、額をしわだらけにして目を瞑って居た。 父親が眠って居るのかと思ってそうっとまた出て行こうとする達を、「達か、 戻ったんか。と呼びとめた。 思いがけなかっ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・手が下まで下りて来る途中で、左の乳房を押えるような運動をする。さて下りたかと思うと、その手が直ぐに又上がって、手の甲が上になって、鼻の下を右から左へ横に通り掛かって、途中で留まって、口を掩うような恰好になる。手をこう云う位置に置いて、いつで・・・ 森鴎外 「心中」
・・・「おれのう、もう掴まるか、もう掴まるかと思って、両手で鳥を抑えると、ひょいひょいと、うまい具合に鳥は逃げるんです。それで、とうとう学校が遅れて、着いてみたら、大雪を冠ったおれの教室は、雪崩でぺちゃんこに潰れて、中の生徒はみな死んでいまし・・・ 横光利一 「微笑」
・・・街路から電線を取り除くことが不可能であるならば、電線は街路樹の枝の下に来べきものであって、梢を抑えるべきものではない。従って街路樹が電線の高さを乗り超え得るように工夫してやるべきである。そうでない限りいわゆる街路樹なるものは、松並み木、杉並・・・ 和辻哲郎 「城」
・・・無邪気な少年の心に、わがままを抑えるとか、他人の気を兼ねるとかの必要が、冷厳な現実としてのしかかってくる。これは一人の人の生涯にとっては非常に大きい事件だと言わなくてはなるまい。こうして、ありのままのおのれを卒直に露呈するという道は、早くか・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫