・・・遮ぎるものなく、拘泥わるものなく、澄み輝く空気を感じる。 勿論、神経は、そこに未だ沢山の葉が房々と空を画っていることも、幹は太く、暗緑色に眼路に聳えていることも、視ている。然し、心は、その物質を越えて普遍な空気の魅力を直覚する。私は流れ・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・何となく第三者の侵入を意識する。何となく拘泥する。 私には、両方ながら自然に思われるけれども、実際の問題に当っては、非常に神経を使い、苦しまなければならないのである。 特に、自分の場合では、お前が自分で引込んだものと云う心持が、暗々・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ 先生が、試験の点どころか、恐らく学校の成績にさえ、拘泥して居られないことは解っていた。けれども人を観ることの鋭い先生に、出来ない生徒と極めつけられることは、恥しく堪え難いことなのであった。 五年生になってから、私共は教育心理学を教・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・日本ばかりでなく、女の作家はとかく狭いモラリティーに拘泥してきびきび純芸術的に行かないのが多いから、宇野さんのお品ぶりのないのは強味だ。いろいろ期待するからこそ不平が出るのだけれども、遠慮なく云えば「一年間」にしろ、取材はわるくなく、細部に・・・ 宮本百合子 「読者の感想」
・・・云々ということを書いたのにひどく拘泥して、バルザックの死に際して書いた文章の中にわざわざ今日の我々から見ると意味ふかい数行を書き加え、バルザックは批評を無視したことを言っている。サント・ブウヴはその感情的基礎に我れ知らず作用されて、バルザッ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ ドライサアは大変バルザックがすきだそうで、そう云われれば文体などでもバルザック風に所謂文学的磨きなどに拘泥しないで、いきなり生活へ手をつっこんでそこからつかみ出して書いているようなところに、ある共通なものがある。 主人公クライドが・・・ 宮本百合子 「文学の大陸的性格について」
・・・けれども、中学校の教育というものが、若い肉体と精神とを正当に知識的に導く力をもっていないばかりか、情操を高く明るく導く愛も喪っていて、ただ威嚇と形式上の秩序ばかりに拘泥して悲劇の温床となっていることに対する作者ヴェデキントのプロテストは今日・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・君は又そんな事に拘泥せぬ性分であったのである。これは横著なのでも、しらばっくれたのでもないと、私は思っていた。年久しく交際した君が、物質的に私を煩わしたのは只これだけである。 程なくF君は帰って来て、鳥町に下宿した。そしてこれまでのよう・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・ただ末世に至って真の精神を忘れ形式に拘泥して卑しむべき武士道を作った。吾人は豪快なる英雄信玄を愛し謙信を好む。白馬の連嶺は謙信の胸に雄荘を養い八つが岳、富士の霊容は信玄の胸に深厳を悟らす。この武士道の美しい花は物質を越えて輝く。しかれども豪・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫