・・・が、ただいま拝見した所じゃ、腹膜炎を起していますな。何しろこう下腹が押し上げられるように痛いと云うんですから――」「ははあ、下腹が押し上げられるように痛い?」 戸沢はセルの袴の上に威かつい肘を張りながら、ちょいと首を傾けた。 し・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・――現に彼には、同席の大名に、あまりお煙管が見事だからちょいと拝見させて頂きたいと、云われた後では、のみなれた煙草の煙までがいつもより、一層快く、舌を刺戟するような気さえ、したのである。 二 斉広の持っている、・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・「私は実はこちらを拝見するのははじめてで、帳場に任して何もさせていたもんでございますから、……もっとも報告は確実にさせていましたからけっしてお気に障るような始末にはなっていないつもりでございますが、なにしろ少し手を延ばして見ますと、体が・・・ 有島武郎 「親子」
・・・余もこの経を拝見せしに、その書体楷法正しく、行法また精妙にして―― と言うもの即これである。 ちょっと或案内者に申すべき事がある。君が提げて持った鞭だ。が、遠くの掛軸を指し、高い処の仏体を示すのは、とにかく、目前に近々と拝まるる・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ 両手に据えて拝見をいたしましたが、何と申上げようもございませぬ。ただへいへいと申上げますと、どうだね、近頃出来たばかり、年号も今年のだよ、そういうのは昔だって見た事はあるまい、また見ようたって見せられないのだから、ゆっくり御覧、正直な・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「未だ拝見しないものがあったら、君二三点見せ給えな」「ウンあんまり振るったのもないけれど二つ三つ見せよか」 岡村は立つ。予は一刻も早く此に居る苦痛を脱したく思うのだが、今日昼前に渋川がくるかも知れないと思うままに、今暫くと思いな・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ニナッタデハアリマセヌカ、才人ゾロイデ、豪傑ゾロイデ、イヤハヤ我々枯稿連ハ口ヲ出ス場所サエアリマセヌ、一ツ奮ッテナドト思ウコトノナイデモアリマセヌガ、何分オソロシサガ先ニ立チマスノデ、ツイツイ遠クカラ拝見シテイルトイウヨウナコトデ、コレデ無・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・その女が書いてくれる手紙を私は実に多くの立派な学者先生の文学を『六合雑誌』などに拝見するよりも喜んで見まする。それが本当の文学で、それが私の心情に訴える文学。……文学とは何でもない、われわれの心情に訴えるものであります。文学というものはソウ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・りつけられ、足を踏みつけられ、背中を押され、蛆虫のようにひしめき合い、自分が何某という独立の人格を持った人間であることを忘れるくらいの目に会って、死に物ぐるいで奈良に到着し、息も絶え絶えになって御物を拝見してまわり、ああいいものを見た、結構・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「いい時計ですね。拝見」 と、手を伸ばすと、武田さんは、「おっとおっと……」 これ取られてなるものかと、頓狂な声を出して、その時計を胸に抱くようにした。「――どうもお眼も早いが、手も早い。千円でも譲らんよ。エヘヘ……」・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
出典:青空文庫