・・・彼はいつでも冬季の間に肥料を拵えて枯らして置くことを怠らなかった。西瓜の粒が大きく成るというので彼は秋のうちに溝の底に靡いて居る石菖蒲を泥と一つに掻きあげて乾燥して置く。麦の間を一畝ずつあけておいてそこへ西瓜の種を下ろす。畑のめぐりには蜀黍・・・ 長塚節 「太十と其犬」
大抵のイズムとか主義とかいうものは無数の事実を几帳面な男が束にして頭の抽出へ入れやすいように拵えてくれたものである。一纏めにきちりと片付いている代りには、出すのが臆劫になったり、解くのに手数がかかったりするので、いざという・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・秋山は子供を六人拵えて、小林は三人拵えて、秋山は稍ずるく、小林は掘り出した切り株の如く「飛んでもねえ世の中」を渡っていた。「何て、やけに吹きやがるんだ! 畜生」 小林はそう云って、三尺鑿の先の欠けた奴を抛りだした。 秋山は運転を・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・衣服は第一流の裁縫師に拵えさせる。冷水浴をして sport に熱中する。昔は Monsieur de Voltaire, Monsieur de Buffon だなんと云って、ロオマンチック派の文士が冷かしたものだが、ピエエルなんぞはたしか・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・半紙の嚢を二通りに拵えてそれにおが屑をつめ、其嚢の上には南無阿弥陀仏などと書く。これはつめ処によって平たい嚢と長い嚢と各必要がある。それで貌の処だけは幾らか斟酌して隙を多く拵えるにした所で、兎に角頭も動かぬようにつめてしまう。つまり死体は土・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ただ僕たちのはヘロンのとは大きさも型も大分ちがうから拵え直さないと駄目だな。」「うん。それはそうさ。」 さて雲のみねは全くくずれ、あたりは藍色になりました。そこでベン蛙とブン蛙とは、「さよならね。」と云ってカン蛙とわかれ、林の下・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・その、自分の家でありながら六畳の方へは踏み込まず、口数多い神さんが気に入らなかったが、座敷は最初からその目的で拵えられているだけ、借りるに都合よかった。戸棚もたっぷりあったし、東は相当広い縁側で、裏へ廻れるように成ってもいる。 陽子は最・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・脇差は一尺八寸、直焼無銘、横鑢、銀の九曜の三並びの目貫、赤銅縁、金拵えである。目貫の穴は二つあって、一つは鉛で填めてあった。忠利はこの脇差を秘蔵していたので、数馬にやってからも、登城のときなどには、「数馬あの脇差を貸せ」と言って、借りて差し・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そこで服を一番いい服屋で拵えさせる。髪をちぢらせる。どうにかして美しくなろうと意気込んで、それと同時にあなたに対しては気違染みた嫉妬をしていたのです。まだ覚えておいでなさるか知りませんが、いつでしたかあなたが御亭主と一しょに舞踏会に往くとお・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・時として感覚派の多くの作品は古き頭脳の評者から「拵えもの」なる貶称を冠せられる。が、「拵えもの」は何故に「拵えもの」とならなければならないか。それは一つの強き主観の所有者が古き審美と習性とを蹂躪し、より端的に世界観念へ飛躍せんとした現象の結・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫