・・・保吉は汽車を捉えるため、ある避暑地の町はずれを一生懸命に急いでいた。路の右は麦畑、左は汽車の線路のある二間ばかりの堤だった。人っ子一人いない麦畑はかすかな物音に充ち満ちていた。それは誰か麦の間を歩いている音としか思われなかった、しかし事実は・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・自己発展の機会を捉えることは人天に恥ずる振舞ではない。これは二時三十分には東京へはいる急行車である。多少の前借を得るためにはこのまま東京まで乗り越せば好い。五十円の、――少くとも三十円の金さえあれば、久しぶりに長谷や大友と晩飯を共にも出来る・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ 我我の喜劇は年少の為、或は訓練の足りない為、破廉恥漢の非難を受けた後に、やっと良心を捉えることである。 * 良心とは厳粛なる趣味である。 * 良心は道徳を造るかも知れぬ。しかし道徳は未だ甞て、良心の良の字も・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・「人間が、おまえらを見つけたら、きっと捕らえるから、けっして水の上へ浮いてはならないぞ。」と、母親は、その子供らをいましめました。 町からは、こんどは、人間の子供たちが毎日川へ遊びにやってきました。 町の子供たちの中で、川にすむ・・・ 小川未明 「赤い魚と子供」
・・・俺は、おまえを捕らえると、すぐにひとのみにしてしまおうと思ったが、おまえみたいな、小さなものをのんだからとて、なにも腹の足しになるものでない。それよりも、俺の子供に食べさしてやりたいために、ここまで持ってきたのだ。」と、情けなくいいました。・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・こんなおはぐろ蜻蛉が下に降りて飛んでいることはない』と心は躍って、きっと工夫して帽子で捕えるか、細い棒で叩き落したものである。 また草の繁った中に入って、チッ、チッ、チッと啼いている虫の音を聞き澄して捕えようと焦ったものだ。自分の踏んだ・・・ 小川未明 「感覚の回生」
・・・ 一日の生活のある一片を捉えるのもいゝし、ある感情の波動を抒べるのもいゝし、ある思想に形を与えるのもいゝし、人と人との会話のある部分を写すのもいゝと思う。 一つよりも十の習練である。十の習練よりも二十の習練である。初めから文章のうま・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・この円い玉をどこまで追って行っても、世相を捉えることは出来ない。目まぐるしい変転する世相の逃足の早さを言うのではない。現実を三角や四角と思って、その多角形の頂点に鉤をひっかけていた新吉には、もはや円形の世相はひっかける鉤を見失ってしまったの・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・人物を思想や心理で捉えるかわりに感覚で捉えようとする。左翼思想よりも、腹をへらしている人間のペコペコの感覚の方が信ずるに足るというわけ。だから僕の小説は一見年寄りの小説みたいだが、しかしその中で胡坐をかいているわけではない。スタイルはデカダ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ この辺一帯に襲われているという毒蛾を捕える大篝火が、対岸の河原に焚かれて、焔が紅く川波に映っていた。そうしたものを眺めたりして、私たちはいつまでしても酔の発してこない盃を重ねていた。・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
出典:青空文庫